短編小説:『あこがれは生徒会長』
まえがき
憧れという感情は、私たちの心を静かに動かします。その人の存在が、遠い光のように私たちの道を照らし、時に背中を押してくれる。けれど、その光に近づけるのは、ほんの一握りの人だけかもしれません。
短編小説『あこがれは生徒会長』は、中学生の主人公が初めて感じた「憧れ」から始まる物語です。生徒会長という存在に心を奪われ、少しずつ成長していく姿。そして、その憧れがやがて隣にいる「特別な人」になるまでの小さな奇跡を描きました。
この物語が、かつて誰かに憧れた気持ちを思い出すきっかけになり、温かい気持ちで読んでいただけたら幸いです。
1. 初めて見た生徒会長
中学校に入学したばかりの春、僕は新しい環境に緊張していた。期待と不安でいっぱいの中、入学式が始まると、壇上に立った生徒会長の挨拶が始まった。
「新入生のみなさん、入学おめでとうございます!」
明るく響く声、凛とした佇まい。壇上に立つその人は中学3年生の生徒会長、北川彩花さん。制服のリボンがきれいに結ばれ、肩までの髪が光を受けて輝いていた。僕はその瞬間、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「すごい……。」
ただそれだけが頭の中をぐるぐると回り続けた。
2. 生徒会室の彼女
入学して間もないある日、僕はクラスメイトに誘われて、生徒会主催のボランティア活動に参加することになった。体育館の清掃作業だったが、正直、友達としゃべるくらいの気持ちで気軽に参加した。
しかし、生徒会室で配布された作業道具を受け取るとき、そこに彼女がいた。彩花さんは作業の説明をするためにみんなの前に立ち、さわやかな笑顔でこう言った。
「みなさん、手伝ってくれてありがとう! みんなで力を合わせて、学校をもっと素敵な場所にしましょう。」
僕は緊張しすぎて、ただ黙って頷くことしかできなかった。それでも、配られたモップを受け取る彼女の手が一瞬触れたとき、心臓がドキドキと鳴った。
3. 手紙を書く日々
それから、僕は彩花さんを目で追うようになった。朝の挨拶運動、昼休みの校内巡回、行事の準備――どんなときも彼女は自分の役割を全力で果たしていた。
しかし、中学1年生の僕には、彼女に直接話しかける勇気はなかった。だから、気持ちを手紙に託すことにした。とはいえ、ラブレターなんて大げさなものではなく、「いつもありがとうございます」とか、「生徒会の活動、すごいと思います」といった感謝の言葉を書き綴った。
生徒会室の机にそっと置くその行為が、僕の小さな日課になった。
4. 体育祭の奇跡
季節は秋になり、学校では体育祭が近づいていた。その準備で生徒会も忙しく、彩花さんは毎日校庭を駆け回っていた。
僕はクラス対抗リレーの選手に選ばれたものの、運動は得意ではない。練習中、何度もバトンを落とし、走るたびに周囲からため息が漏れる。それでも、ある日、校庭を通りかかった彩花さんが声をかけてくれた。
「バトンを渡すタイミングがちょっと早いかも。相手のリズムに合わせてみて!」
アドバイスをくれた彼女の笑顔に励まされ、僕は必死に練習を続けた。
本番では奇跡的にうまくバトンを繋ぎ、クラスは優勝した。ゴール直後、観客席にいる彩花さんの拍手が目に入り、僕は心の中で「ありがとう」と呟いた。
5. 別れと再会
冬になると、彩花さんの中学校生活も終わりが近づいてきた。3月の卒業式では、在校生代表として送辞を読む姿があまりに美しく、僕はその場で涙をこらえるのに必死だった。
「本当に卒業しちゃうんだ……。」
その夜、僕は初めて「会えなくなるのがつらい」という感情を知った。
それから2年。僕も中学を卒業し、高校に進学した。新しい環境に慣れる中で、彩花さんのことを思い出すことも減っていった。
しかし、ある日、近所のカフェで偶然彼女と再会した。彩花さんは大学生になり、アルバイトをしていた。久しぶりの彼女の笑顔に、僕の胸は再び高鳴った。
6. 告白と未来
それから何度かそのカフェを訪れるうちに、僕たちは話をするようになった。昔の学校の話、好きな本や映画の話――彩花さんと過ごす時間は、僕にとって何よりも特別だった。
高校を卒業する直前、僕は勇気を出して告白した。
「ずっと、彩花さんが好きでした。」
彼女は少し驚いた顔をしてから、優しく微笑んだ。
「私も、タクヤくんの一生懸命なところ、素敵だなって思ってたよ。」
それから僕たちは、少しずつ距離を縮めていった。
7. あこがれの隣に
そして今、僕の隣には彩花さんがいる――いや、「彩花」がいる。あの日、壇上で輝いていた生徒会長は、今では僕の妻になった。
「ねえ、また昔みたいに手紙を書いてよ。あれ、すごく嬉しかったんだよ?」
そう言って微笑む彼女に、僕は少し照れながら頷いた。
憧れはいつか消えるものだと思っていた。でも、その憧れが隣にいる人生は、きっとこれからも輝き続ける。
−完−