高騰する薬の値段
お医者さんが処方する薬価が、今、問題視されています。画期的な新しい薬が出てくる一方、年間1人3千万円かかる薬も登場しています。その薬は、極端な試算では、国全体で「総額、年1兆7500億円かかる」とも言われていて、「高すぎて批判されたザハ・ハディド氏の国立競技場が7つも作れる」と揶揄されています。薬の値段というのは、参院選の争点の1つ「社会保障費の財源」に影響する問題ですので、きょうは、この薬の値段の問題について、チェックしてみたいと思います。
消えた値下げ。薬価の見直しが延期に
実は、先週、薬の値段に関わる、重要な動きがありました。当初、来年、薬の値段が引き下げられる可能性がありましたが、それがなくなったんです。薬の値段というのは、2年に1回、偶数の年に見直すことになっています。そのため、今年、2016年の次は、2018年だったんですが、来年2017年も特例で見直す可能性が出ていたんです。それは、消費税が上がるので、薬も原価などを調べて見直そう、ということだったんです。ところが、増税延期となったので先週、この見直しが消え、薬の値段が下がらない事になってしまいました。
薬価は消費税と関係。過去2回は値下げだった
普通、消費税が上がると、薬も原材料の仕入れが上がり、薬の値段も上がりそうです。ただ、現実的には、下がる、という見方が一般的でした。それは、消費税が影響する仕入れ価格だけではなく、市場の動向も考慮するからです。そうすると、同様のジェネリック医薬品が安く売られている事など様々なことが考慮され、先行薬も「高すぎる」として値下げされる、大まかに言うとこうなるわけです。実際、過去、消費税が上がった1997年、2014年は、薬は値下げされました。
消えた値下げで、社会保障費の抑制目標が達成困難に
少子高齢化で社会補償費は伸びていく一方ですので、大問題です。 最新の数字で、2013年度の国民医療費は「40兆円」を越えています。そのうち、薬にかかる費用=薬剤費は「8・5兆円」つまり全体の2割を越えていて、しかもこの薬剤費は毎年伸び続けていています。 政府は、社会保障費の伸びを、今年から、毎年5000億円以内に抑える目標です。今年については、薬の値段などを1500億円削減して、これを達成できましたが、来年は予想していた薬の値下げがなくなり、この目標も達成できないかもしれません。
そもそも、これだけ価格変動が激しい時代、薬の値段の見直しが2年に1度でいいのか?毎年でもいいし、それどころか、もっと臨機応変に対応していく必要があると思います。
そう思わせる「事件」がありました。それが先ほどの、国の負担が年間1兆7500億円とも言われる薬の値段です。
国の財政を揺るがす薬も!一例で「オプジーボ」に注目
今、問題になっているのは、2年前の9月に発売になった「オプジーボ」という薬です。がんの治療の点滴薬で、この番組でも紹介しましたが、画期的な薬です。患者さんが持っている免疫力を、フルに発揮できるようにして、がん細胞を叩く薬です。抗がん剤などに比べ、体への負担も少なく、効果も高いと期待されています。
この「オプジーボ」という薬は、2年前の9月に発売になったんですが、問題は、これが「1人あたり、年間、3500万円」もかかることです。なんでこんなに高いかというと、当初、この薬は、症例が少ない「皮膚がん」向けとして保険適用となったからです。症例が少ないので、製薬会社が赤字にならないよう、という値段です。
ただ、問題は、その後、症例の多い肺がんにも保険適用が広げられたんです。そうなると、一番、過激な試算では、5万人くらいの人が、薬の対象になり、3500万円×5万人で、「1兆7500億円」もかかると言われています。
保険適用なので、「高額医療費制度」で、患者さんの負担は、月々数万円ですみます。病気に苦しむ患者さんには嬉しいですが、国には恐ろしい負担となってしまいます。
なぜ高いのか?そもそも薬価はどう決まるのか?
保険適用の薬の値段の計算は、国が決めますが、大きく見て2つ、決め方があります。一般向けに分かりやすく言うと、画期的な新薬と、過去に似た物がある薬、の2つです。
画期的な新しい薬の場合は、原価を積み上げる方式です。製造コスト、研究開発費、営業利益を乗せて、価格を決めます。利益も上乗せなので損をしない仕組みです。しかも、費用についても製薬会社でないとわからない為、結局、製薬会社の意向が強くなり、こうして値段は高くなっていく、という仕組みです。
もう1つ、過去に似た物がある薬の場合の計算方法は、この先行薬が基準になるので、先行薬が高ければ、後から出た薬も高くなる、全部高くなる、というわけです。
薬価決定後、対象拡大で財政圧迫
問題は、先ほどから注目している「オプジーボ」は、当初、症例が少ない皮膚がんの薬として、薬価が決まりました。症例が少ないので、高くないと赤字になってしまう、という値段だったと言えますが、ところが、その後、症例が多い、肺がんでも保険適用が認められました。こうなると、この薬の対象となる患者さんが一気に増えるので、製薬会社は儲かりますし、一方で、国の負担はれ上がる、というわけです。
気になるのは、元々この薬は、皮膚がん以外のガンにも効果が期待されていた事です。それなのに、症例の少ないがんでの保険適用が優先され、高い値段になった後で、症例が広いがんに保険適用が広げられた・・・。
最近の製薬会社は、症例が少ない薬として申請して値段を釣り上げるという人もいます。これは議論の余地がありますが、こうした傾向が指摘される事態は避けるべきでしょう。一般的な製造業の利益率は10%前後なのに、大手製薬は30%前後もあり問題です。
高くなる一方の薬価問題。国の対策は?
一応、国も対策として4月から新しい制度「特例拡大再算定制度」を導入しました。売り上げが拡大した薬は、価格を再び算定して引き下げる仕組みです。年間1千億円以上売れたら、最大で25%、1,500億円以上なら、最大で50%、値下げするという制度で、これは大きな改善だとは思います。
ただ、やはり、薬の値段の見直しを、2年に1度ではなく、毎年にするとか、さらには、保険適用が拡大した段階ですぐ見直すとか、もっと臨機応変に対応してもいいのではないでしょうか。そうすれば、症例の多さに従って随時、値段を調整できるので、製薬会社も、症例が少ない薬として発表して値段を釣り上げているなどと疑われずに済むでしょう。高いままでは、患者さんも、画期的な新薬で助かるとしても、国に負担をかけているというのは精神的に負担になってしまいます。
あとは、高額な薬で効果がないような薬は保険適用からはずしていくことも必要。また、お医者さんも、薬を出しすぎないよう工夫する必要もあります。
日本全国8時です。毎週月曜日は、医学ジャーナリスト松井宏夫さん 2016/6/27掲載分