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きみとぼくと、春眠デスペラード。
怖がっているときには、無理矢理にでもこじ開けて現状を打破した方がいい。そうしてできるならば、その時に、あなたのかたを支えてくれるような、後押ししてくれるような音楽があると良いね。イーグルスのデスペラードを聴いている。聴きながら、そんなことを思った。この曲は、いまのわたしにはぴったりだ。寸分の狂いなく、というと言いすぎかもしれないが、本当に心底救われる部分がある。春眠暁を覚えず、とはよく言ったものだ。この季節は、みんな、みんな憂鬱なんだ。大切なのは、"みんな"という部分だ。なにも、あなただけではない。みんな、そうなんだ。元気そうに見える、あのひとも。ケラケラ笑い散らかしてる耳障りなアイツも、そして、悲しそうな顔をしている幼稚園児も、みんな、そうなんだ。閉じ籠るときは決まって、そうだ。自分一人が、という脳内設定になっている。そんなことはないのに、そんなこと、全くもって、思い違いなのに。甚だしいこと、この上ないのに、可笑しな考えに気づかない。もちろん、それでもいい。別に周りに、某かを与えるような、打撃を喰らわせるような愚かな考えに走らなければ、それで良い。そんな考えがあるなら、今すぐ捨てちまえ。棄てることが難しければ、せめて、アルコールで流し込め、消毒しろ。誰かが言っていた。アルコールで忘れるのは邪道だと。それは確かに、そんなときもある。邪道、までは言いすぎだが、それでもアルコールが気を付けなければならない代物であることも確かだ。世の中のあらゆる宗教団体が、「魔の水」と称するのもわかる。そうだ、魔の水という表現は、時として、君にとって、正しい。それでも、飲まなければならない時もある。飲んでも良い、呑まれてもいい、還ってこられるならば、なんでもいい。できれば笑顔をお土産にして欲しい。そんなことをただ、ツトツトと、思う日もある。今日は手紙のように、この記事を書いている。届くことのない、いや、直接投函することのない、ラブレター。行く宛知らずのラブレター。それでいいじゃァないか。生きてるんだから、それで、いいじゃァないか。曇り空を見上げると、淋しくなるって本当かい?わたしにとってそれは、時として、本当で、時として、嘘になる。だって、曇り空が好きだったんだ、幼いころなんか特にね。わたしの心にある、いわゆる心象風景、なーんてものは、大体曇り空だった。そこにはだだっ拡い草原と、底無しの空のユウウツと、そうしてすこしの、エレメンタリーチックな古代遺跡と、どこからかきた、美しい女神様。そんな心象風景が、ぼくの心にはずっと、ずゥっとある。その風景のなかで、ぼくは、大手を拡げて、寝っ転がっている。あるとき、津田沼の駅前で、突然に寝っ転がったひとがいた。彼は言っていた。「ほゥら、見てみろよ。世界は、こーんなに、広いんだぜ。そうして誰も見たことのない景色を、みることができるんだぜ。お前も、やってみろよ。君も、君も、君も、みんなで寝っ転がろうぜ。」そんなことを言いながら、町行くひとたちに話しかけていた。しばらくして、死にそうな爺さんがやってきた。杖をついて、腰辺りをさすりながら、近くの椅子に座った。爺さんに話しかけた。新聞を読んでいた。聴いていないふりをして、爺さんは俺の話を聴いていた。俺も、じいさんの話を聴いた。「やぁ、ところで、オネェちゃんこんなとこでなにしてんの?」「わからないです。なにも、してないです。さ迷い歩いてます。帰る家も、わかりません。」「そぅら、けったいなこったな。」なんだか爺さんは、悲しそうだった。ムカついたので、爺さんにバームクーヘンとコーヒー牛乳を買って渡した。何故だろう、なにか、施すことで自分が優位に立ちたかったのかもしれない。「あぁ、甘いなぁ、これは。俺はそれでも、チョコ味がよかったんだけどなぁ。。まぁ、いいか。」そう言いながら、それでも、爺さんは総てバームクーヘンもコーヒー牛乳も平らげた。嬉しかった、なんだか、自分が受け入れられたような気がした。わたしには家もある、家族もいる、大切な人たちも、ダンスもある。でもなぜか、なにもないと思いたかった。自分には、なんにもないと、思いたかった。その時は余命のことはわかっていた。だからなおさら、自分には、なんにもないと、わかりたかったのかもしれない。言い方が悪いが、爺さんを利用して、わたしは目には見えないタトゥーを彫った。イニシエーションをした。もっと悪い言い方をすれば、マスターベーションだったのかもしれない。そのうちしばらくして、爺さんは立ち上がり、どこかへ消えた。「じゃあな」とは言われなかった。でも、背中はそう言っていた。わたしは爺さんの背中が好きだったが、もう、二度と逢えないと確信した。しばらくして、救急車の音がした。そんなことはないと思いながらも、直感的にこう思った。「あぁ、爺さんは、死んだんだ。お迎えがきたんだ。」そうして頭ではもうひとつ、こうも思った。「爺さん、また、逢えるかな。」わたしはすぐに、お迎えが来ると思っていた。いまはそんなことを、微塵も思っていない。微塵も、は言いすぎかもしれないが、少なくとも自ら勧んで思うことはない。痛みがある日は、不安になる。もう終わりだ、と、思う日もある。でも死なない。生きるか死ぬかは、時として、自らの意思だと思う。意思があれば、生き残ること、生き延びること、そうして最期は、生ききることができる。わたしはまだ死なない。ただ、それだけを、春に思う。春に産まれたから、春に、死を思いながら、生を選択する。わたしに春眠はまだ、早すぎる。
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日にち 3/16(木)
毎月第3木曜日に踊ります🎵遊びに来てね!
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場所 高円寺Rumi
杉並区高円寺北3-2-15
BOLBOL2号店 Rumi 1階
⭐ご予約はわたしか、直接お店にお電話ください。
電話番号 03-5356-6640
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MINAMI
ベリーダンサー/写真家。
キャッチコピーは"砂漠のSlow Dancer" 10代の頃、ドバイの砂漠でベリーダンスに出逢い、帰国後、独学で踊り始める。その後、トルコに何度も渡り研鑽を積み、2015年、韓国ベリーダンス大会FIDにて総合優勝を果たす。レストランショーやイベントなどで活躍する傍ら、現在は自身のベリーダンススクール"THE LIQUID HAREM"を主宰し、後進の育成に努める。中東音楽だけでなく日本の歌謡曲や演歌、どんな音楽でもボーダーレスに踊ることで、ベリーダンスの美しさや素晴らしさを伝えている。
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💃砂漠のSlow Dancer MINAMI
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