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八月の打ち切りレシピ

みなさんどうこんはんにゃ、はんにゃです。
野球と言えば彼女しかいませんね。

小野町はほんとうに偉いよ…。

Game Not Worth Continuing

プレメモ界最強の男はMENSAであり、収入と知能指数の間には相関があることから明らかなことだが、基本的にはプレシャスメモリーズは富豪向けのゲームである。それゆえわれわれ低所得者がプレシャスメモリーズをプレイすることは一種の「縛り」であると言える。

高級食材と高級食材をかけ合わせてうまい料理を作ることができるのは想像に難くない。しかしながら、われわれに用意できる食材は賞味期限切れの外国産豚肉しかないことが常である。

そういうわけで、カラーボックスの奥底から出てきた残り物カードで次のデッキを作成した。

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打ち切り秒読み

1ターン目は01-073土御門から跫音空谷場出しの雪月梅花を命がけでプレイする。ドロー有原や変更有原もデッキの回転に貢献するため、意外とカードを引くことが可能である。

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キャプテンシー

なお、失敗した場合は次のループでやり直してほしい。というのも、MTLの標準的なデッキである妹は、1ターン目に全サから加奈子およびEX3c2面が確定するからである。そのため、1ターン目に盤面にまともなカードが並ばなかった場合、全サが登場した段階で投了したほうがよい。いじめに遭うことがわかっているのだから先んじて転校すべきである。

われわれはしばしばマニュアル作業を信じたくなる欲望に駆られるが、複雑な意思決定においては単純なアルゴリズムのほうが結果としてよりよいパフォーマンスを生み出すことも少なくない。

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マニュアル

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手順書

そもそもの問題として、妹に先手を取られた場合はすでに投了すべきか考える必要があるが、わずかな抵抗のポイントとして、テキスト無効コンビで加奈子を止めることができれば若干マシな状況となる。不幸中の幸いである。

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ポイント入れ替えはできません

2ターン目の行動としては、点数を受けていない場合、01-071から2枚目の雪月梅花を展開し、1体目の雪月梅花のアプローチで2アドを得つつ跫音空谷を展開して盤面を整えることを目指す。

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点数を受けている場合はビハインド状態を生かして、赤コンビやバウンス有原を展開するとよい。

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なお、2ターン目に京介で雪月梅花を止められた場合も投了タイミングである。いかに美しいタイミングで投了するかほど重要な問題はない。

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どけ!

/* ---不要---

生き続けることの合理性を考えたときに悩ましい問題として、これからの人生におけるよい経験と悪い経験の合算の期待値がマイナスであると仮定したときに、死を選択することは合理的な選択になるだろうと主張したくなることがある。

この主張を掘り崩す議論としては、この主張が仮定するような、「これからの人生におけるよい経験と悪い経験の合算の期待値がマイナスである」というような文の真理条件がきわめてあいまいだという指摘が強力であるように思われる。A→Bが真であると主張しても、Aがいつ真になるかよくわからないのであれば、AとA→BからBを導きたいというこの主張は有用性を持たない。この反論のポイントは、A→Bであるというもともとの主張を受け入れてしまっても何ら問題はないということである。この反論は深刻な遺伝病のケースや終末期のケースにおいて死を選択すべきという結論を導くかもしれないので、下記のようなよくある反論を用いたい一部の論客には不評かもしれないが、この点は私には理論の欠点というよりはむしろ説明力が高い点であるように見える。

なぜよい経験と悪い経験の合算の期待値がマイナスになることのどこがあいまいなのかと思う人もいるかもしれないが、何がよい経験であり何が悪い経験であるかの分類および大きさや順位付け、よいことと悪いことがどのように相殺されうるのかなどを説明することの大変さを考えれば、この文の真理条件がきわめてあいまいであることがわかる。

この主張に対するよくある反論として、「「人生におけるよい経験と悪い経験の合算の期待値がマイナスである」ことはありえない」という主張があるが、この反論はあまり得策ではない。なぜならどうしてそのようなことがありえないのかを示すことがおそらく極めて大変だからである。

またよくある反論として、「よい経験と悪い経験の合算の期待値」のような価値によって生を評価しようとすることは生に対する評価方法として誤っているという主張がある。たとえば、ある生命の存在自体に価値があるとか、ある種の存在自体に価値があるという主張である。この反論もあまり得策ではないように思われる。なぜなら、もともとの主張者は、そのような別種の価値も含めて期待値がマイナスである場合には、死を選択すべきであると主張を修正するだけでこの反論に対応可能であるように見えるからである。この反論を有効打とするためには、よくわからないけれども生命には快苦には還元できないものすごく重要な価値があるに違いないというわれわれの直感にはに馴染み深いが擁護が難しい主張をしなければならないように思われる。

もう少し掘り崩すことが難しい主張は、「ある人がこれからの人生におけるよい経験と悪い経験の合算の期待値がマイナスであると信じているならば、その人が死を選択することはその人にとって合理的な選択になるだろう」という主張だ。この主張は着眼点を内的な整合性に絞ったことにより強度を増している。この主張は、前述した、「「人生におけるよい経験と悪い経験の合算の期待値がマイナスである」ことはありえない」というよくある反論に対して強い。なぜなら、本当にマイナスであるかどうかということはこの主張にとって問題ないからである。本人がそう信じているのだから、信念と行為の整合性の問題として、死を選ぶことに何ら不合理はないということがっ主張されているのみである。

しかし、この主張の仮定となる文の真理条件が怪しすぎるという反論は、依然として有力であるように見える。というのも、真理条件がわかっていないものを真だとか偽だとか信じているという文に不整合があると主張できるからである。

話を戻すと、残念ながら、われわれにとって明らかなことは、このデッキの勝利に対する期待値は極めて低く、クーロンズ・ボール・パレードの打ち切りの可能性は極めて高いということだけだ。

---ここまで---*/

このデッキの勝ち筋としては、活動封じ土御門から、各種連パンおよび空転東雲+空転河北で点数を流し込むことである。

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意外性

妹はアプローチしたキャラを活動にすることについて京介に依存しているため、テキスト無効コンビを、交通事故はもちろん京介に当てることによっても防御力を大きく削ぐことが可能である。

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俺はお兄ちゃんだぞ!

残念ながら、この2タイトルにはイベントの交通事故を処理するカードが下記のゴミみたいなカードしかないため、イベントの交通事故を打たれた場合も投了チャンスである。

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どうする…

当然このデッキの受けはスカスカだが、数少ないパワーカードである止血互換が存在するので、このカードを使ってターン数をもらっていきたい。当然あやせのバーンで容赦なく死ぬので手札の枚数がまずそうな場合も投了を検討してほしい。

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陽性

ご愛読ありがとうございました。
ぱんにゃ先生の次回作にご期待下さい。

以上、よろしくお願いいたします。

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