ピアノの先生
ふと昔の友達のことを思い出した。
製菓専門学校時代の友達。彼女はもともとピアノの先生だったけど、辞めてパティシエになりたいと入学してきていた。ピアノの先生時代の話はとても面白かった。子供好きな彼女はお行儀の悪い子供達にも機嫌を悪くすることなく、すぐ仲良くなった。汚れた手でも平気でピアノを触らせたので彼女のピアノの鍵盤は黒く汚れていた。子供なんてそんなもんだと言っていた。ピアノは嫌いじゃないけど他の先生と上手くいかなかったという近所の子供たちが彼女のところへ集まってきた。ピアノ教室は盛況で、お母さん達からも信頼されていた。パティシエ修行を始めてからも、子供のピアノを少しでもいいから見て欲しいとお母さん方から頼まれていた。先生じゃないと行きたがらないと。
そんな彼女はなぜピアノの先生をやめてしまったのか。
他の教室の生徒たちとも合同で行われることの多いピアノ発表会。そこで先生もピアノを披露する。難曲に挑戦するその時、他の先生と比べて自分は上手く弾けない。ピアノが嫌いになってしまった。こんなんじゃ子供に教える資格なんてない。と悩んだ挙句自宅教室を辞めてしまった。
ピアノが嫌いになったと言いつつ、製菓学校の寄宿所ではいつも家から持って来た紙の鍵盤を弾いていた。音は出ないけど。それを見た事務の先生が学校のピアノを弾いていいよと言ってくれていた。でももう辞めると決めたから。と言って決して弾かなかった。弾きたそうに見えたけど。
彼女のピアノ教室は子供達にとってピアノを教わるためだけじゃなく、心の拠り所にしていたんだろう。学校でちょっと上手くいかない子も彼女の教室に行けば少し忘れられたのかも知れない。実際私も彼女と2人部屋でいつも一緒なのに全然時間が足りない気がしていた。
子供たちには技巧曲が上手く弾ける先生より気持ちが近い先生がいいに決まってる。
自分が出来ないから、出来ない子の気持ちが分かるんだと言ってた。
彼女はどうしているかなあ。
好きなお菓子を焼いているかなぁ。
あの時言えなかったけどもう一度ピアノの先生になって欲しかった。1度でいいからピアノを聞かせて欲しかったな。
これは彼女の好きなパンオレザン。実習で彼女と一緒に組んで仕込んだんだけど私がレーズンを入れ忘れるという失態を犯した。先生には「パンオレザンにレーズンを入れ忘れるヤツを初めて見た!」と呆れられた時も彼女には責任はないのに一緒に神妙な顔で怒られてくれて、後になってめっちゃ笑ってた(笑)
出来ない子の気持ち、分かってくれてありがとう。
おわり