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雨の日とショートケーキ【1:1:0】【学園もの/青春】
雨の日とショートケーキ
作・monet
所要時間:約20分
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●あらすじ●
――ふわふわでありながらしっとりとした生地。甘さ控えめ、上質な生クリーム。
「パティシエになりたい」という夢を持った二人のお話。
●登場人物●
茉莉花/♀/西屋敷 茉莉花(にしやしき まりか)。高校生。二年D組・芸術一般クラスの委員長。調理・製菓専攻。誰にでも優しい、何でも聞いてくれる「仏の西屋敷」。
家は『パティスリー西屋敷』というケーキ屋で、その一人娘。
竜哉/♂/杵築 竜哉(きつき りゅうや)。高校生。二年D組・芸術一般クラス。調理・製菓専攻。クラスメイトからの印象も、茉莉花からの印象も「不思議くん」。
パティスリー西屋敷の大ファンで、中でもショートケーキは大好物。
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●ここから本編●
茉莉花:(M)私だって、怒らないわけじゃ、ない。
(電話をしている茉莉花)
茉莉花:……あ、もしもし?夜明くん?うんうん。そっかそっか。告白上手くいったんだね。よかったよかった。……ん?私は何にもしてないよ~。
茉莉花:それじゃ、次の委員長会議で。またね。
(電話が切れる)
茉莉花:……ふぅ。ま、あの二人なら心配はいらないでしょう。
茉莉花:(M)私の名前は西屋敷 茉莉花(にしやしき まりか)。
茉莉花:(M)『パティスリー西屋敷』というケーキ屋の娘で、高校では二年D組・芸術一般クラスの委員長をしながら、家督を継ぐために製菓学校を目指して勉強をしています。
(間)
茉莉花:(M)お菓子作りは好きだし、甘いものも好き。家督を継ぐのだって勿論嫌じゃないし、むしろその為に一生懸命頑張っているところ。
(間)
茉莉花:(M)……――だからこそ、その日はイライラしていたんだ。
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●帰り道●
(雨が降っている)
茉莉花:……うわ、通り雨かな。折り畳み傘持ち歩いといて良かった。
(少し歩く間)
茉莉花:(M)どんどん雨脚(あまあし)は強くなっていく。――なんか、嫌だなあ。今の私の心内を、表しているみたい。
(少し間)
竜哉:あ、「仏(ほとけ)の西屋敷(にしやしき)」だ。
茉莉花:うぇええぇ!?!? びっくりした!!!
竜哉:えぇ~?お化け出たみたいに言わないでっよぅ~!いいんーちょっ!
茉莉花:あー……えっと、ごめんね?杵築(きつき)くん。
竜哉:パティスリー西屋敷のショートケーキ。
茉莉花:えっ……とぉ??
竜哉:パティスリー西屋敷のショートケーキ一個で。
茉莉花:……あ、うん。その……いつもうちの店を贔屓(ひいき)にしてくれて、ありがとうね?
竜哉:……ふわふわでありながらしっとりとした生地。(※茉莉花の言葉を無視)
茉莉花:杵築くん?
竜哉:甘さ控えめ、上質な生クリーム。(※茉莉花の言葉を無視)
茉莉花:……杵築くーん??
竜哉:……委員長はなんでイライラしてんの?(※茉莉花の方を見て)
茉莉花:あっ!?……えっ!?突然どうしたの!?
竜哉:……「仏の西屋敷」なんじゃなかったのー??
茉莉花:あー、あの……。
茉莉花:(M)たった今までの話はどこにいったんだろう……。……まあいいか。
茉莉花:(咳払い)えっとね?んーと……。「仏の西屋敷」だなんて、皆が勝手につけたあだ名であって、私は仏様じゃないんだけどなあ、とか。そんな感じかな。アハハ……
竜哉:……仏の顔も三度まで。
茉莉花:あ、はは……。そ、そんな感じ~。
竜哉:そんで、何故に仏様はイライラしてんの?
茉莉花:え?いやその、だから……
竜哉:……拙者は、その理由を、聞いておるのじゃ。
茉莉花:(M)なんで急に口調変わったんだろう……。まあいいか。
茉莉花:んーー……とね。……その、立ち話もなんだし、うちの店寄ってかない?ほら!ショートケーキ!サービス!
竜哉:……悪くない提案だと思いマッシング。
茉莉花:……というか、杵築くん、さっきから気になってたんだけど、――なんで傘、さしてないの?
(間)
●茉莉花の自宅●
茉莉花:(M)この不思議な男の子、杵築 竜哉(きつき りゅうや)くんは、私と同じD組のクラスメイトで、私と同じ調理・製菓専攻。
茉莉花:(M)おのずと授業も被るため、学校で一緒になることはとても多いんだけど、どうも謎が多いというか……変、というか。不思議で、近づきがたい。
茉莉花:(M)……あまり話が通じる印象もない。
(上から下までびしょ濡れの竜哉)
竜哉:……この格好でパティスリーに入るのは恐れ多い。
茉莉花:そうだよね、大丈夫?お風呂も……貸そうか?
竜哉:女子の家。
茉莉花:ああ、いや、杵築くんならうちの常連さんだし、お父さんもお母さんもよく知っているから問題は無いと思うよ。
竜哉:ケーキのように甘いご家族だな。
茉莉花:あ、はは……。
竜哉:では僕はその甘さに甘えさせていただく。
茉莉花:あ、うん。結局お風呂借りてくのね……。ちょっとお母さんに確認とってくるから待ってて!
(茉莉花退場)
(一人になる竜哉)
竜哉:……。
竜哉:(M)雨が降っていたのだ。……雨が降っていたのだ、その日は。誰だって、本当の自分を隠しながら生きている。そうだろう?
竜哉:(M)雨が降っていたのだ。……僕はその日、委員長に会うつもりじゃあなかった。
(茉莉花が戻ってくる)
茉莉花:あ!杵築くん待たせちゃってごめんね!お風呂、使っていいって!……これタオル。足りるかなあ?
竜哉:……雨が。
茉莉花:え……?
竜哉:委員長は、雨って好き?
茉莉花:……あ、えっと……。んー。あんまり好きじゃ、無いかなあ。
竜哉:僕も雨は嫌いだ。
茉莉花:……「嫌い」?
竜哉:お風呂、ありがたく使わせていただく。後でマダムとパティシエにはお礼を言うよ。
茉莉花:あ、うん!どうぞどうぞ!風邪ひかないように、しっかりあったまって!
竜哉:委員長は、そうしていた方が、楽なのか?
茉莉花:…………え?
(間)
(一人になる茉莉花)
茉莉花:(M)……「そうしていた方が楽」?どういう意味なんだろう。……「そうしていた方が」。たしかに今日私はイライラしていて、怒っていたかもしれないけれど。
(風呂から上がった竜哉)
竜哉:委員長。お風呂メルシーありがとう。
茉莉花:ああいえ!どういたしまして!
竜哉:お陰で風邪を引かずに済みそうだ。
茉莉花:それは何より。
竜哉:……そんで、委員長はなんでイライラしてたの?
茉莉花:ん?あ、えーっとね……。んーー。もうあんまりイライラしてないっていうか、忘れちゃったから、いいや!
竜哉:……なるほど。やっぱり。
茉莉花:やっぱり?
竜哉:……委員長は、人に親切にすることで自分を保っているんだ。
茉莉花:……あ、えと……。
茉莉花:(M)ぴたりと、自分の真髄(しんずい)を言い当てられたような気がして、心臓からスーッと血の気が引いていく。
(間)
茉莉花:あー……。……えっとね。今日ね、クラスの子達の相談に乗ってたの。
茉莉花:……そしたら、たぶん冗談なんだろうけど、「委員長はパティシエ目指すよりカウンセラーやった方がいいんじゃないの?」って言われちゃって。
竜哉:……それで夢を否定された気がしてイライラしてたの。
茉莉花:……うん。その通り。
竜哉:言い返したの?
茉莉花:……言い返して、無いよ。だって私は「仏の西屋敷」だもん。……駄目だよ怒っちゃ。皆に嫌われちゃう。
竜哉:さっき言ってた。
茉莉花:え?
竜哉:「私は仏様じゃないんだけどなあ」って言ってたじゃん。
茉莉花:あ、うん……。
竜哉:どっちなの?仏様なの?仏様じゃないの?
茉莉花:……仏様じゃ、ないよ。
竜哉:クラスの皆が聞いたらがっかりするだろうね。
茉莉花:……そう、だね。
竜哉:自分のエゴの為だけに、仏様みたいに皆に優しくしてたんだ~って。
茉莉花:……うん。言われちゃうだろうね。
竜哉:なんでそれじゃ駄目なん?
茉莉花:……え?
竜哉:仏様じゃないんでしょ?委員長は。人間なんだから。完璧じゃなくていーじゃん。
茉莉花:いや、私は完璧なんかじゃないよ。だからこそ、皆に優しい仏様でいなきゃいけないっていうか……。というか私、何でこんなこと杵築くんに話して……
(間)
茉莉花:(M)その日は、イライラしていたんだ。……私だって、怒らないわけじゃ、ない。
(間)
竜哉:委員長はパティシエになれるよ。僕なんかよりよっぽど優秀だ。だからそいつらの言うことが間違っている。……これで納得いかんの?
茉莉花:……(※納得のいっていないため息)
竜哉:だったらカウンセラーになったらいいさ!ははは!
茉莉花:……いい加減にして!!(※できるだけ声を張って)
(少し間)
竜哉:……お。よーやく怒ったじゃん。――仏様、改め、人間様。
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●場面転換、ケーキを食べている二人●
茉莉花:(M)確かに、確かにイラっときて声を荒げてしまったけど、……杵築くんって、あんなにちゃんと話せる子だったんだ。
茉莉花:(M)……初めて、少しだけかっこいいと思ってしまった。
(間)
竜哉:やっぱりパティスリー西屋敷のショートケーキは、一級品だよ。
茉莉花:……ありがとう。お父さんも、いつも感謝してるって。
竜哉:パティシエが……(※少し考え込むように)
茉莉花:あ!もちろん「例の話」はちゃんとしてあるよ!お父さんも前向きに考えてくれてるって!!
竜哉:……恐れ入る。
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●竜哉、一人の帰り道●
竜哉:(M)本当の自分を知られたくないと思ったとき、人はどうするだろうか。善人ぶるだろうか。悪人ぶるだろうか。それとも、変人ぶるだろうか。
竜哉:(M)……自分は紛れもなく三番目の人間だった。「こいつはこういう奴なんだ」と思わせてしまえば、こっちの勝ちだ。それ以上踏み入れられることもない。
(間)
竜哉:ただいま。
(間)
竜哉:(M)酒と煙草の臭いが充満する我が家。久しく言っていなかった定番の挨拶をしても、答えてくれる人など誰もいない。
(間)
竜哉:(M)これでも幸せな時はあったのだ。……八歳の誕生日。最後に、両親に祝ってもらった誕生日。あの日食べたケーキの味は、今でも忘れられない。
(間)
竜哉:……パティスリー西屋敷の、ショートケーキ。(※独り言)
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●次の日・学校●
(製菓実習中の二人)
茉莉花:杵築くん?……杵築くーん??
竜哉:……!!(※はっと我に返る)
茉莉花:さっきから動き止まってるけど、大丈夫?……あー……。……えっと、砂糖のグラム数は……流石にちゃんと量ってくれてる……よね?
竜哉:問題ない!!(※食い気味)
茉莉花:あ、はは……それならいいんだけど……
竜哉:レシピコンテストまで時間も無いんだ!委員長の足は引っ張れない!!
茉莉花:……その、余計なお世話かもしれないけど、本当に大丈夫?
竜哉:ナンクルナイサー!モーマンタイ!
茉莉花:あ、よかったいつもの調子に戻った。……でも本当に、杵築くんの言う通り、レシピコンテストまで時間が無いんだよねえ。
竜哉:委員長はー、アイデアは?
茉莉花:約束した通り、三つは考えてきたんだけど……杵築くんは?
竜哉:僕も考えてある。
茉莉花:じゃあ今日少し居残りして、アイデアをすり合わせよっか!
竜哉:らじゃー。
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●放課後・D組の教室●
(居残りをして話している茉莉花と竜哉)
竜哉:しかしながら、委員長は大変な学校生活だなぁ。
茉莉花:え?突然どうしたの?……な、なんで?
竜哉:ついこないだまで、文化祭のことで奔走していたというのに。
茉莉花:あー……それは、時期が被ってるんだから仕方ないよー。
竜哉:……しかも委員長は、人の倍以上仕事をしていたように見える。
茉莉花:あははー……バレてる……。
竜哉:一番遊んでたのは、間違いなくB組の夜明だな。
茉莉花:あー……夜明くんかあ。まあたしかにこの学年の委員長の中では目立つし、私もいくつか彼の分の仕事をしたりはしたけれど、夜明くんも彼なりに頑張ってたんだよ~。
竜哉:荒れているからな。B組・文系一般クラスは。
茉莉花:そう!私にはとても委員長務まんない!……あ、別にB組が駄目なクラスって言ってるわけじゃないからね?
竜哉:気兼ねは不要。僕は委員長の本質を知っているし、今この教室には二人だけだ。
茉莉花:あー……うん。とげのある物言いは極力しないように、普段から心がけてるからさ。でも!本当にB組の委員長・夜明くんは頑張ってるんだよ!
竜哉:随分と庇(かば)うんだな。好きなのか?
茉莉花:とんでもない!!夜明くんは、同じB組の釘原(くぎわら)さんと付き合い始めたところで……
竜哉:さながら恋のキューピッドか。
茉莉花:……私なんて全然だよ。少し相談に乗って協力するくらいで。あとは当人たちがどうするかだから。
竜哉:うん。キューピッドだな。
茉莉花:そんなことないって!
竜哉:仏様だったりキューピッドだったり……宗教忙しいな。
茉莉花:あはは……。まあでも、忙しくしてるのは私の趣味なのかも。
竜哉:趣味?
茉莉花:杵築くん昨日言ってたでしょ?「委員長はそうしていた方が楽なのか」って。たぶん、いや、ほとんどそのままその通りで。
茉莉花:私は、人に親切にすることで自分を保ってるんだよ。
竜哉:委員長は……善人ぶっているんだな。
茉莉花:ちょっと言い方ひどいけど(笑)……まあ、そういうことになると思う。
竜哉:同じだ。
茉莉花:え……?
竜哉:何か悩みがあるのか?隠したいことがあるのか?
茉莉花:え?えっと……杵築くん?
竜哉:無いのか?なら何故善人ぶって生きている。
茉莉花:……。
竜哉:……申し訳ない。少し熱くなった。
茉莉花:……いや、いいよ。
竜哉:僕は自分を偽って生きてる。それは踏み入れられたくないからだ。
茉莉花:……踏み入れ……られたくない……
竜哉:だから、委員長も同じだと勝手に思ってしまった。申し訳ない。
(少しの沈黙、気まずい間)
茉莉花:……同じだよ。
竜哉:は?
茉莉花:私も同じ。踏み入れられたくない。
竜哉:どうして?
茉莉花:踏み入れられたら、何も無いことがバレちゃうから。
竜哉:……何も、無い?
茉莉花:皆から好かれるためだけに、へらへら笑って作り上げたハリボテの性格だもん。何が自分の本心なのかもよく分からないし、……杵築くんみたいな熱意も無い。
茉莉花:これが本当の私なんだって、自分に言い聞かせてなんとかやってきただけ。……だから、一歩でも踏み入れられたら壊れちゃうから。
茉莉花:綺麗な外観を、ハリボテを、眺めるだけに留めておいてほしい。
(重たい沈黙)
竜哉:……よし!
茉莉花:……?
(竜哉、レシピアイデアをまとめていたプリントを投げ捨てる)
竜哉:まとめたこのアイデアは、全部ボツな!!
茉莉花:……へ!?
竜哉:委員長が、いや、西屋敷 茉莉花(にしやしき まりか)が作りたいケーキ、作ろう!!
茉莉花:な、なんでそんな……!だから今私説明して……自分の意見なんて……!
竜哉:……僕の家、八歳のときに両親が離婚してさ?僕は母親に引き取られたんだけど、そっからどんどん母親が荒れていったんだよ。
竜哉:……今だってそうだ。家の中もぐちゃぐちゃで荒れ放題。家に帰れば酒の空き缶・空き瓶。煙草のきつい臭い。おかげで酒も煙草も一切やらないと誓ったね!
竜哉:母親が男を連れ込むときは、いっつも追い出されてさー。寒かろうと暑かろうと関係なく。勿論どしゃぶりだろうと。上着はおろか傘だって持たせて貰えなかったんだぜ!?
茉莉花:え……それで、昨日の、雨の日も……?
竜哉:昔から雨に濡れながら考えたのは、八歳の誕生日に両親に囲まれて食べた、パティスリー西屋敷のショートケーキのことだった。
茉莉花:お父さんの……ケーキ……
竜哉:昨日もそんな気持ちで歩いてた。……そんな気持ちで歩いてたら、西屋敷茉莉花に会ったんだよ。そこでやっぱり僕には、これしかないと思った。運命だと思った。
竜哉:パティスリー西屋敷しかないんだと思った!
竜哉:パティシエになるのは昔からの夢だったけど、二年生になって、まさかあのパティスリー西屋敷の娘と同じクラスになるなんて思ってもみなかった!
竜哉:僕はつらくて苦しくて死にたかったとき、パティスリー西屋敷のショートケーキの存在に救われたんだ!ケーキは人を救うんだよ!
竜哉:だから!だから、茉莉花らしいケーキを作ろう!僕は全力でサポートするから!
茉莉花:……でも、当初の計画は杵築くんのアイデアに、私が少し力添えする程度で決まりかけてたのに……いいの?
竜哉:僕の作りたいものは、所詮パティスリー西屋敷の二番煎じでしかない。だから、茉莉花の作りたいものを僕も作りたい!
茉莉花:あ、あの……下の名前……
竜哉:あっ、申し訳ない……。でも、委員長と呼ぶのも、西屋敷と呼ぶのも違う気がしてな。……嫌だったか?
茉莉花:嫌じゃない。そうじゃなくて……。家族以外の人から下の名前で呼ばれたの初めてで……嬉しかったの。
(間)
茉莉花:(M)過去のデータから分析した、賞狙いの完璧なレシピじゃなくて、「私が作りたい」ケーキのレシピ。
茉莉花:(M)私のお父さんは、確かにケーキで杵築竜哉くんという男の子を救っていた。……私も、そんなケーキが作りたい!人を笑顔にできるような……。
茉莉花:(M)だって、私の夢は、パティシエになることなんだから!!
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●数年後●
茉莉花:(M)あれから高校を卒業して、竜哉くんはうちのお父さんに弟子入りをした。今では住み込みで修行をしている。……勿論私も、その隣に居る。
茉莉花:(M)あの年のレシピコンテストの結果は……まあ、今では笑い話だ。でも、私の人生を変えるターニングポイントになったのは確か。
(間)
茉莉花:ねえ、覚えてる?高校二年生の秋、どしゃぶりの中偶然会った日のこと。
竜哉:覚えてる。風呂貸してくれるとか言い出すからさ、スケベなことが起きないか、ちょっとドキドキした。
茉莉花:もう!!馬鹿!!
茉莉花:(M)本当の自分が見つかったのかどうかは分からない。私はまだまだ薄っぺらい人間だけど、でも、……この人の隣で、一緒に成長していきたいと思った。
(間)
竜哉:茉莉花ー!!お客様だぞー!!
茉莉花:はーい!!今行きまーす!
(間)
茉莉花:いらっしゃいませ。ようこそパティスリー西屋敷へ。本日のおすすめは……そうですね。
茉莉花:⎯⎯雨なので、ショートケーキでもいかがでしょうか?
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●END●