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古の人と自分が重なる時

先日久しぶりに方丈記を読みました。

お恥ずかしながら高校時代に習った記憶はあるけれど

冒頭の「ゆく川の流れは絶えずして・・・」しか思い出せませんでした。


この本を読むきっかけは偶然動画サイトで目にした養老孟司さんの講演会で

「ぜひ読んでみて下さい」とお勧めされていたからです。

短い随筆なら私でも読めるかもとふと思い立ちました。


原文だけだと?マークが沢山頭に浮かんでくるだけなのでは?と危惧し

光文社の蜂飼耳さんの訳が付いている本を購入しました。

蜂飼さんのエッセイや解説、あとがきに到るまでとても面白かったです。

鴨長明が生きていた時代は大火事や竜巻、戦争、大飢饉、遷都等

禍という禍が矢継ぎ早に襲い掛かって

人々を恐怖と絶望に突き落としていました。

鴨長明自身も禰宜になる希望をくじかれ

都を離れ山奥での隠遁生活に入っています。

方丈記を読んで感じたのは外側の世界は長明が記している通り

川の流れのように常に変化しているけれど

人間の根本はなんら変わっていないんだという事です。

絶望や悲しみに直面した時、大自然に包まれたいと思うのは

本能的な事なのかもしれないと。

方丈記の前半は都に襲い掛かった禍の様子、

後半はミニマリストもビックリな生活の様子や

小さな方丈庵のルームツアー、推しの歌人の聖地巡り等々

現代人が楽しんでいるような暮らしぶりが書かれていて

今も昔も人の楽しみは全然変わらないなぁと嬉しくなりました。

長明は超絶最先端な人だったのかもしれません。

方丈記本編でも共感する事が多かったのですが

特に心を揺さぶられたのは

「発心集」の一節の「貧男、差図を好む事」です。

原文と訳がオマケで付いていたのですが

これはまるで私のようだとシンパシーを感じました。

差図とは設計図の事だそうで貧しい男が

想像上の家の設計図をひたすら紙に書いているという様を記したものです。

私も家の間取り図を描くのが大好きです。

特に中古物件の間取りをどう変更できるか

パズルのように考えるのが好きです。

それこそ暇さえあれば方眼ノートに妄想間取りを書きまくっています。

だからと言って今の家に不満があるわけでもないのですが

兎に角間取り図を描いていると楽しいし癒されます。


長明がこの貧男の妄想ははかない楽しみだと結んでるけれど

一見何の役にも立たない、意味のない事に興じられる事こそ

人間の醍醐味だと思うのです。

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※本日やっと山焼きが開催されました。

真っ黒な山肌が素敵でレアな大室山の姿です。

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