月曜日の図書館27 二面性
感染対策で30分しか滞在できませんよと説明したのに、おじいさんが15分くらい自分の身の上話をする。話を無慈悲に打ち切って本を出納しに行ったり、時間が来たらおじいさんを窓から放り出したりする選択肢もあるが、このときばかりは必殺「目をつぶる」を使うことにした。おじいさんは目当ての新聞記事をコピーして、にこにこしながら帰って行った。
わたしのマスクは白と黒、2色の布を真ん中で縫い合わせて作ってある。陰と陽を表してるの?とK氏が聞く。わたしは二面性のある人間です。K氏のマスクは幼稚園児の通園バッグみたいな、かわいい自動車のイラストがついている。
感染対策に関わるもろもろの掲示物を、K氏があまりにも映えなく作るので、ほとんどK氏のことが嫌いになりかけていたが、そのマスクを見た途端そんな気持ちはどこかに消えてしまった。
やはりかわいいは最強。世界中の人たちがかわいく暮らせば、戦争したりいじわるしたい気持ちはあっさりこの世からなくなるだろうと思う。
新聞が読みたいと言うおじさんにいつのものが読みたいか聞いたら「あした!」と元気よく答える。
おばちゃんが窓口にやってきて、奈良の住宅地図が見たいと言う。関西のはうちには置いてないと答えても、確かに前にここで見たと食い下がる。道路地図や都市地図のことかと思われたが、住宅地図だと言い張る。K川さんが近くの他の図書館と勘違いしているのでは、と調べてみるも、やはりどこの図書館にも置いていない。仕方ないので結局グーグルマップでだいたいの位置をつかんでもらうことにした。
このおばちゃん、実は前にも窓口にやってきて、これと全く同じやりとりをしたのだ。そのときは大阪の住宅地図だった。関西のはうちには置いていない(以下同文)。K川さんが近くの他の図書館と勘違いしているのでは、と調べてくれるくだりまで全く同じであった。ものすごいデジャブ感。
きっとこのおばちゃんはパラレルワールドに住んでいるのだ。そっちの世界の方にある図書館には、ちゃんと関西の住宅地図が置いてあるし、ついでにあしたの新聞も読めるのだろう。
駐車場に停まっていた車から、パプリカが聞こえる。
仕事帰り、カエルのエサを買いにペットショップに行く。コオロギ30匹、500円。エコバッグ忘れた、と思っていると、何も言わずにビニル袋に入れて渡してくれる。よかった、むきだしで持って帰るところだった。
ここ一年くらい、扱いが楽な乾燥コオロギでごまかしてきたのに、最近になって頑なに食べなくなってしまった。小刻みに動かして生きているように見せかけてもだめである。そうしているうちにもどんどんやせ細り、拒食症の女の子みたいな体型になってしまった。自分が死ぬことを知らない生き物のやり口は本当に手加減なしだ。
袋を開けると生のコオロギたちは勢いよくケージの中に飛び降りた。その途端、カエルの体にスイッチが入る。眼力がすごい。くりくりした大きな目でコオロギをとらえ、片っぱしから飲みこんでゆく。合った生き方をすべきなのだ。生き物はみんな、自分に合った環境でかわいく暮らすのがいいのだ。
サボテンさえ枯らしてしまうわたしは、こうしてカエルの強い生命力に救われている。育て方を何回間違えても、その度に悔い改めるチャンスをくれる。
残りの乾燥コオロギは、土に混ぜて、次に育てる何かのための栄養にしよう。
知っている人に会いたくなくて、朝はいつもけもの道を通る。図書館に侵入する、秘密の抜け道だ。たまにおじさんが寝ていることもある。その横を通って、出勤している。
返却ポストの近くの壁には、K氏作の注意書き(返却はポストへ、データに反映されるまで時間がかかる、窓口で返した冊数を申告してね、寄贈の本は入れないで、云々)がびっちり貼り付けてあり、さながら犯行声明のようだ。
その横の、除菌スプレーが置いてあるところには、わたしが作った(推定)世界一大きい「消毒してから入館してください」のポスターが貼ってある。このスケールで作るよう課長から言われたときには大反対してしばらくヘソを曲げていたが、あたらしい犯行声明が増えても困ると思い、しぶしぶ引き受けた。スプレーを置いている台には、「アレルギー等をお持ちの方に強制するものではありません」の貼り紙が、消毒液を浴びてしわしわになりながらくっついている。群雄割拠方式、とN本さんが言っていた。
ちぐはぐで、でこぼこな、愛すべきわたしたちの図書館。
正規のルートを通ってやってきた人たち同士があいさつを交わしているのが見える。なるべく誰ともいっしょにならないように、わたしは歩く速度を調節しながら、じりじりと通用口に向かっていく。