月曜日の図書館44 リサーチ
電話に出ると無言で切る人が一定数いる。用事がないのにかけてくる理由は何か?ひまなのか。いたずらなのか。自分が外の世界とつながっていることを確認したいのか。
お気に入りの職員がいて、その人に当たるまでかけつづけているのでは、という説もある。その日、無言電話は4回あって、わたしはダメ、T野さんもダメ、S村さんもダメ、わたしがもう一度出てやっぱりダメだった。相手はひとりとは限らず、しかも普通に話してくる中にホシがいるかもしれず、結局誰がお気に入りかも、かけてくる理由も分からない。何だか頭の悪い自由研究をやっている気分になった。
業者が売り付けようとしてくる空気清浄機が、本当にコロナに効くのか知りたい。それは果たして図書館が調べることなのか?と文句を言いつつ、係長とS村さんががんばって調べる。国が出しているガイドライン、専門家の論文、各業者の研究レポート。それらを突き合わせた結果、どうやら深紫外線を照射すると、ウイルスが死滅することがわかった。
でも人間も死ぬよね、とT野さんが言った。
調べ物で読んでいた本の中に地図が載っており、出典:図書館、と書いてあるが、そんな地図どこを探しても見つからない。この本を読んで、現物を見たいと思って図書館にやってくる人がいるかもしれない。一枚ものの地図ではないのか。図書館にある別の本から転載した、という意味なのか。他の図書館で見たのを誤って書いたのか。作者に聞いてみたところでもう覚えてないだろう。勘違いということで決着をつけたいが、古地図が好きな係長が、似たようなのを前に見たことがある気がする、と言って一抹の不安を植え付けようとしてくる。
仕事が嫌になったら、ときどき書庫に行って眺めるんだよね。
自由研究は自由にやればいいわけではなく、ちゃんとネタ本が存在する、ということを、図書館で働いて初めて知った。毎年6月くらいになると、関連の本にいっせいに予約がかかり始める。夏になってからかけていたのでは間に合わない。子どもが、というより親の熱心さが勝負を決めるのだなあと感心する。
何の予備知識もなく実行するわたしの自由研究は悲惨だった。どんな種類の粉が溶けやすいかを調べたときは、砂糖と、塩と、小麦粉と、ミルメークいちご味で調べた。結果、どの液体も溶けたのか浮いたのかよく分からない上に、白濁してあまり触りたくなくなって冬まで放置した(ミルメークだけはピンクになった)。どんなふうにまとめたのかはよく覚えていない。その年のコンクールには、うちのクラスからはなっちゃんのアリの研究が選ばれて、お兄ちゃんといっしょにひとつの研究をしたという体のなっちゃんのレポートは、お兄ちゃんが持っている原本をコピーしたもので、その白黒の表紙を見てなんかずるいなあと思った。
もしもし、わたしが提出したレポートは、今どこにあるのですか。
文句を言いつつも資料を読み込んだ係長とS村さんは、しまいには、それは条件を満たしたことにならない、とか、効果を上げるためには部屋の密閉度をここまで上げて、とか真剣に議論するまでになった。司書の鑑である。
ふたりが使った後のパソコンには、「深紫外線 効果」「深紫外線 どのくらい」「深紫外線 人間 被害」などの検索ワードが羅列していた。
電話に出る。もしもし。何も応答がない。またか、と思って切ろうとしたとき、地の底から響いてくるような声で、もしもし図書館ですか、と言う。耳の遠いおじいさんで、こちらが電話に出たかどうかわかっていないのだった。
もし、もし、としょかん、です、よ。すべてのたましいを注ぎ込むようにして、わたしも応答する。