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月曜日の図書館23 レモン-ハイ

クエン酸を風呂の床にばらまく。霧吹きで湿らせ、数分置いてから磨くと、垢が落ちるのだそうだ。本当に落ちているのかどうか、よくわからない。床が溶けて(?)表面がねたねたしているような気がする。心もとない。落ちていると信じるしかない。地球にやさしいナチュラルな掃除方法は、人工の洗剤のようなはっきりした答えをくれない。
手についたクエン酸をなめてみたら、ハイレモンと同じ味がした。

出勤途中に通る接骨院は大人気で、開院の一時間前から玄関にファンのおじいさんおばあさんがたむろしている。そこから数メートルと離れていない裏口では先生と思われる人物が、この世に何も楽しいものなどないという顔で、タバコを吸ったり伸びをしたりしている。日によってはスキンヘッドで筋肉のみちみちしたおじさんのときもあるし、金髪で血色の悪いホストのような若者のときもある。彼らの何が老人たちをとりこにするのか。接客中は人が変わるのか。朝からこのもやもやをどうしたらいいのか。

気温はいきなり高い。
感染防止スタイルで外に立って利用案内していると、たちまち汗が出てくる。おまけに蚊も攻撃してくる。フェイスガードの内側にもぐりこんで、こっちが手を出せないのをいいことにやりたい放題なのだ。おのれ蚊め。そんな生き方をしていたら、ろくな死に方をしないぞ。マスクをしていないおばあさんにキッチンペーパーで作った職員手づくりのマスクをあげると、ものすごく感謝して帰るときもつけたまま出ていく。公園の花を見にきたおじいさんが玄関に立ち寄って、暑いのにご苦労さまと声をかけてくれる。いつになったらコピーできるんや。新聞読めるんや。開館してもできんことばっかりやないか。捨て台詞をほうぼうにまき散らすおじいさんとこのおじいさんとは、一体生き方の何が違うのだろう、どこで道が別れたのだろう、とつらつら考えていたら様子を見にきた課長にまでありがとうございましたーと頭を下げてしまった。

職場の冷凍庫には、早くもアイスがストックされている。しかし健康診断を受けるまでは、絶対に食べてはならぬ。

N本さんにクエン酸をなめるとビタミンCがとれるのか聞いたところ、やせがまんせずに市販の洗剤を使った方がいい、今のおまえはていねいな暮らしをしたいのではなく、ていねいな暮らしをしている自分に酔っているだけである、とずんずん核心をついてくる。それからレモン一個にはレモン一個分以上のビタミンCが含まれている、という豆知識も披露してくれた。
ハイレモンは受験シーズンにはハイレルモンになる。大学受験の日、数学の先生が会場まで来てくれて、生徒ひとりひとりにハイレルモンを配ってくれた。小堺一樹にそっくりで、一度「小堺先生」と呼んでしまったときにはわたしの人生つんだ、と思ったが、そのくらいで人生が終わることはないし、もっと恥ずかしいことや伝説の失敗がその後の人生には待ち構えていたし、きっとこれからだってたくさん起こるだろう。そんなとき、自分を面白く見つめることができたり、周りがやさしく楽しく受け止めてくれたり、その積み重ねで、暑いのにご苦労さま、と言える人間になれるのかもしれない。
すっぱいは希望の味。

ステイホーム(長居せず借りたらすぐ帰ろう)を呼びかけるポスターを作る。図書館で持っている和装本の中に敬老会の参加者名簿みたいなものがあって(最高齢は104歳!江戸時代に!)、どのおじいさんもめちゃくちゃかわいいので、キャンペーンボーイズに抜擢することにした。すていほーむじゃ。
利用者のおじいさんには:他でもないあなたに呼びかけているのですよ。
職員には:どんなおじいさんも愛せよ。
というメッセージをこめた。
係長は「性別と年齢に偏りがありすぎる」と言って最後まで決裁のはんこをつくのを渋っていた。

蚊に刺されたところにムヒをぬる。
蚊のことは憎たらしいが、わたしが一番好きな装丁の本は『蚊』という本だ。見返しに、蚊が飛んだ経路を、赤い和紙のひもで再現してある。不安定な線が本物と実によく似ているのだ。その本には、血液型によって刺されやすさに有意差が見られるとあったが、じゃあどうすれば刺されにくくなるのかについて、エビデンスに基づく答えは書かれていなかった。蚊取り線香をたくか、自分より刺されやすい人といっしょにいるかしかないのだ。きっと何万年たったって変わらない。小さな小さな脅威を前にして、人間は治したり軽くしたりする方法は開発しても、それがために発生する人間同士の諍いをなくすることはできない。

中止になったいろんなイベントの代わりに、オンラインでさまざまな作品が売られている。わたしは英語で「黙ったまんまじゃ殺される」とプリントされたTシャツを買った。マスクをした人間のイラストも描かれている。

黙ったまんまじゃ殺される。でも、やさしくて静かな人たちの、やさしさや静けさも見落とさない人間でありたい。

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