月曜日の図書館30 ひらいて
どこまでも続く一本道だった。アスファルトで舗装された、太い道路。景色は荒凉としている。通る者など誰もいない。一体誰が、何の目的で作った道なのだろう。
その先に、気球が見える。あたたかい空気をたっぷり孕んでいるのに、地面にくっついたままで、飛んでいく気配はいっこうにない。
人気のない道路。
飛び立たない気球。
この道をどんなに歩いても、気球は永遠に「その先」にあり、決してたどり着けないような気がする。
カエルがいるので夏は昼間でもクーラーをかけっぱなしだという話をしたら、たいていの人は「もったいない」「カエルを甘やかしすぎ」と言う。T野さんが、いっそペットの数を増やすか、レンタルスペースとして貸し出したらどうかと提案してくれる。わたしはわたし以外の人がわたしの部屋で正気を保っていられると思えないので、あいまいに笑ってごまかす。
コピーの申込書を書きにきたおじさんが横柄だったので、嫌いな人リストに追加しようかと思ったが、コピーしたいページが「バナナキャラメルケーキの作り方」だったので許した。
お茶を忘れてしてしまったので地下の自動販売機に買いに行く。ふと外を見るとDが掃除をしている。数年前、図書館の敷地内から「わき水」が発見されてニュースになったおかげで、庶務課の人が定期的に清掃することになったのだ。
声をかけると、Dはわたしが去年と同じく「たぷの里」のTシャツを着ているのを見つけ、またそんなの着て!とぷりぷりした。
ふだんは立入禁止になっている奥の方も見せてもらう。「わき水」があまりにもわきまくるので、排水溝の周りには元気よく藻が繁殖し、取っても取っても生えてくるらしい。苔が美しくうるおっているエリアを見つけたので、わたしは手でべたべた触った。「わき水」は名前からきれいだと錯覚しがちだが、実際は有害物質が混じっていて飲めない。
いつも来ていた常連のおばあちゃんから、本当に久しぶりに電話がかかってくる。冬はもともと用心してあまり来ていなかった上に、感染対策で臨時休館してしまったので、半年くらい会えていない。元気ですか、とたずねると、何とか生きてます、としわしわの生牡蠣みたいな声で答える。
誰でも平等に扱うのが公共サービスの原則だが、好きな気持ちは相手にも伝わってしまうらしい。電話をくれたとき、わたしの名前をちゃんと覚えていて指名してくれたのだ。髪型を変えたので、今度会ったら誰だか分からないかもしれない。
新人の男の子が、それってたぷの里ですよね、と気づいてくれる。図書館の人間で初めての快挙だ。たぷの里が主人公の絵本は児童担当が話し合った結果、図書館では買わないことになった(!)。Dが家に買って帰ったら、奥さんから有害図書に指定されてしまったらしい(!!)。子どもはこっそり、奥さんが見ていないすきに読んでいるそうだ。
カエルについてのレファレンスがあったら喜んで受ける態勢だが、今のところ一度も聞かれたことはない。苔は一度だけあって、変な枝やら植物やらがみっしり詰まった袋を背負い、縄文人みたいな出立のおじさんだったので、圧倒されて475の棚を紹介するだけになってしまった。6278の棚も紹介すればよかった。
どうして気球と道路の写真なのか、気になって検索してみたら、視力のだいたいの度数を測るのに、遠くを見ているような状態にするため、と書いてあった。だから道路は果てしないし、気球は飛んでどこかへ行ったりはしない。画像をよく見ると、米粒のような自動車が一台、右側を走っていた。
数日前から目が充血し、地獄の底から這い上がってきた鬼ババアみたいな目になってきたので、眼科で診てもらうことにした。何かのアレルギー反応ではないかとのこと。手を洗ったつもりだったけど、カエルを触ったあとに目をこすったことがあったかもしれない。
目薬を処方されるのを待っている間、薬局のテレビでは若くして亡くなった俳優のニュースが流れていて、頭が気持ち悪くなったので、帰りにコンビニに寄ってツナマヨおにぎりを買ってきて食べた。
わたしの部屋の壁には呪いのポスターが貼ってある。髪の長い女が、上半身裸で、目を閉じて、両手で前をまさぐっている。
夜、ベッドに横になって電気を消すと、暗闇の中から女がぼうっと浮かび上がる。いつか開眼するのではないかと思って見守っているが、今のところそのきざしはない。