さよならテンちゃん
大好きなものは、使わなくなってもなかなか手放せない。
大好きなものは、ボロボロになっても使いたい、捨てるなんてとんでもない。
赤いスニーカー。
テントウ虫のリュック、通称テンちゃん。
赤いスニーカーはボロボロ。
それでもお気に入りのスニーカーはいつまでも履いていたい。
履ける間は履いていたい。
ボロボロのスニーカーを履かせているのってどうなんだろう?
流石に足の発育に良くないなと思われる場合には別のスニーカーに変えようと提案するけれど、結局同じメーカーの同じ色のスニーカーを選択する。
大好きなものは大好き。
履かない赤いスニーカーをずっと手放せないでいた。
帰省したある時、「バーバが大切に預かっておくから置いていきなさい」という祖母の言葉を信じたけれど、捨てられてしまっていた。
それを知った時の胸の内はどんなだったろう?
テンちゃんは既にリュックの役割を成さなくなる程にボロボロ。
背当ての部分が完全に外れ、且つ汚れもひどい。
「サヨナラする?」と確認する度に返ってくるのは「とっておく」という一言。
テンちゃんがうちにやってきたのは、子どもが幼少の頃だったと思う。
当然小学生になってしばらくしたら背負えなくなった。
物入れに使用したり、放置されていたり、目の端にはテンちゃんがあった。
「お母さん、もうテンちゃんいいよ。」
子どもの方から言ってきたのは、中学生になった年の夏。
長かったな〜、やっと卒業。
赤いスニーカーのような騙し討ちを私も経験してきた気がする。
ハッキリとした記憶はないのに「またか!」と憤りを感じたし、とても胸が痛んだから、そうなのだと思う。
思いに反して手放された経験と、自らの思いで手放した経験。
どっちも経験してゼロとなった。
「お母さん、もうテンちゃんいいよ。」
サラッとはなたれた言葉を聞いた時、私の心がフワッとした。
さよならテンちゃん。
長い間、ありがとう。