道具からはいる
よく、形から入るって言いますでしょ?
どういう意味かはよく知らないけれど、わたしは、嫌いな言葉じゃないんです。
どんな技術も最初はマネッコからはじまります。
人の技術を見て、盗んで実践して、同じ道具を使ってみたり、同じ本を読んでみたり。
子供の頃に『やーい!真似っこ!』などと言われたことがある方や、『あなたの書いたものってダレソレさんのに似てるね~』なんて言われたことがある方、真似することって悪いことって意識持ちませんでしたか?私もなんだか居心地の悪い感じがして、なんだか自分が恥ずかしいことをしているように思ってしまったことがありました。
でもね!声を大にして言いたい!
そんな真似っこをして、技術を自分の物にして、それからでないと自分のやりたいことができないんならするしかないんですよ!
言葉を覚えるときも、字を書くときも、算数の問題を解くときも、誰かそれをしている人がいて、それを真似してできるようになってきたんです。教えてもらってその通りにやってみなくちゃ一通りのことがわからないじゃないですか。
もちろん。真似するだけではダメで、そこからオリジナル、自分の技術を上乗せしていかなくてはなりません。技術を継承するだけで大変なことも沢山あるし、例えば偉い先生の長い時間かけて培った技術を、そっくりそのまま継承しようとすると無理があります。自分がそのなかの1つだけでもエッセンスを受け継いで、さらに進化させていけたら、もう成功だと言えるぐらい、難しいことだと思います。
世界中の沢山の人が、同じことに取り組んでいたとして、さらに、同じような技術にたどり着いて、同じようなものが出来上がってしまうこともままあると思います。そう考えると、オリジナルを生み出すということもまた、すごく大変なことになりますよね。私が考えてるようなことはもう既に100年前の人が考えていたということもあるんですよね。
だからこそ、勉強は大事で、形に入ることがとても大切なんだと私は思います。
道具は大事です。何を目的でどのようにしてこの形になったか、道具の由来を知ることでさらに、使い方への理解が広がります。
まねをして、どうしたら同じことが出きるのか、起こるのか、理解して技術を磨いて、さらに、その1歩先を想像して、初めてオリジナルを創造するなんてことができるかもしれない。
いや、どうなんだろう?それだって結局何処かで見た風景や、感動した音楽や、大切な思い出の中のことで、絶対に0から産み出したものではないのだけど。
だけど、自分ってものを表現する事、それならできるのではないかなぁ。