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「好き」を見つける難しさ

最近はあんまり聞かなくなったように思うけど、

「好きを仕事に」って言葉を何年か前から目にする。


好きなことで生活できたら楽しいだろうね。


でも、自分が「好き」だからって

そこに需要があるとは限らないわけで。

需要がなければ、お金は流通しないわけで。

ただ単に「好き」からお金を産むことは

難しいんじゃないかなって

昭和生まれの人間は構えちゃうわけで。



そもそも私は、

「自分が何を好きか」を掴むことの方が

難しい気がしている。



最初から自分を信じて

自分の選択肢に疑いを持たないほど

自己肯定感が強固な人はできるのかもしれない。



でも、私は、仮面をかぶって生きてきた時間が長いから

本当の自分にたどり着くまでが

ものすごく遠くて深い。



ナウシカに出てくる王蟲の殻みたいな頑丈な鎧に

何重にも隠されている本心に

辿り着くのはいつだろう。



表面上の「好き」はいっぱいある。



ものを作るのが好き。

文章を書くのが好き。

意外とパソコンでウェブサイトとかも作るの好き。



何か、既存の職業に着くわけじゃないから、きっと

「好き」を仕事にする前に

自分と向き合わないといけないだろうね。



このところSNSもほとんどやってないから

見てないだけかもしれないけど

キラキラ起業女子とか

本当の生活はしんどそうなだって想像しちゃう。



人生には、波があるし、ハレとケもあるもんね。



いつも元気とは限らない。

そして、

自分と向き合うには喧騒は向かない。



茨木のり子さんという詩人の、詩の中に

「自分への考察は、はしゃぎの中には無い」

というようなくだりがあったけど

あれは、なんの詩集だったか。



孤独だった若い頃、いつも自分に向き合っていた私は

自分の暗さや地味さを見窄らしいものと感じていて

劣等感を感じていたけど

茨木さんの詩に、自分の感性を励まされた気がして

嬉しかった。



「好き」を見つける道のりは、細く長く、独りだ。

でも、

自分が隣にいる。



掘り下げつつ職業に出会い、

その職業によって自分を掘り下げることができ

その作業が誰かを励ますことができるなら

私にとってはそれが職業の理想形だなと思う。

それがどんなに、キラキラしていなくても。










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