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クイニ―&アマン(9992字)


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クイニー&アマンは猫の兄妹だ。
なにを隠そう私が名付け親だが、クイニーとアマンを実際に飼っているのは友人の優理であり、私は名を付けたものの養子縁組の手続きが済んでいるので決して子を抱くことはできない親のような心境。
それにしても、親であれば子に名を付けるのが普通なのだから、わざわざ名を付けただけの親という点を強調するような言葉を自分で使ってしまっていることが実はナチュラルに親権を放棄、と言うより、実の親は私ではないと自覚してしまっていることを物語っていたりはしないか。
いや、ここで言う親とは当たり前に考えてクイニー&アマンを生んだ名も知らぬ親猫であって、決して優理の方に親権があることを私が認めているわけではない。
だからと言って今は、私こそがクイニー&アマンの正式な親なのだと主張したいわけでもないし、優理ではあの二匹を飼うのに能力が不足していると言いたいわけでもない。
約束してくれれば良い。
心配させないで、きちんと生きて、クイニー&アマンを幸せにしてあげて。
私にこんなことを言われるのは釈然としないかもしれないけれど、そう思ってしまう。
私がいま悩んでいるのは、クイニー&アマンのことを思うとお腹の底から溢れる愛のこと、そしてなにより、同質以上の温度を持った優理に対する愛の、効果的な伝え方についてである。


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クイニーとアマンに名前を付けたのは、私があの農家から猫をもらう約束をした日の朝、たまたまコンビニでクイニーアマンを買っていて、猫を引き取ったあとの車の中、鳴く子猫たちをあやしながらそれを食べていたからだった。
「名前どうする?」と、二匹の猫をそれぞれの家へ運ぶべく運転する優理に聞かれたとき、ふと、今口の中で甘く踊っているクイニーアマンが愛しく感じて、視覚と味覚が混線したみたいになって、この子がクイニーで、この子をアマンにしようと言った。
「クイニーアマンじゃん」と言って優理が笑う。
「うん、クイニー&アマン」
私はクイニー&アマンの&の部分は声に出さないが頭の中できちんと思い描き、クイニー、ひと区切り、アマンと発声した。
「どっちがクイニーだって?」と優理が言ってバックミラー越しにこちらを見るから、この、お耳がキレイなブロンドでブチの少ない方がクイニーで、この、お耳が片っぽ白い毛メインになっている方がアマンと答えた。お顔を拝見すると、そんな感じがしたのだ。
「でも耳白い子の方がメスだよね?」
「うん? そうだね。でもってなに?」
「だって、クイニーの方が女の子でしょ? ふつう」
「えそうなの? クイニーの方がふつう女の子?」
「うん、響き的に、クイニーが女の子で、アマンが男の子だよ」
「それはクイーンぽいから女の子で、マンがついてるから男の子って感じ?」
「いや、そう、なのかな? そうなのかもしれないけどそういうの関係なくさ」
ああもうここは引こうかと思った。私が顔を見て思い浮かんだ名前が、急に逆転するとまったく馴染めないというか、ずっと間違ってるという感覚に付きまとわれそうだったけど、それは優理も同じか、と思ったから。
どうしたもんかなと思っていると鼻がムズムズしてくる。
くしゃみを一度するともうダメで、喉の奥の方や口蓋が痒くて、明らかにアレルギー反応だと分かる。眼も痒くなってくる。
「うわ蛍それめっちゃアレルギーじゃん。猫飼えないじゃん」と優理が言うからマズいと思って、「大丈夫、大岡さん家の作物か雑草かでアレルギー出たんだと思う」と応戦。農家からもらってきた猫だ。砂埃やらなんやら、いろいろついてるだろう。
「いやいや、明らかに猫アレルギーだよ。無理しない方が良いってほんと。呼吸困難とかになったらどうすんの?」


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そんなわけでクイニーもアマンも優理が引き取ることになった。正直これは猫アレルギーだって自分でもはっきり分かってたから優理が二匹とも引き取ってくれて助かったというのもちょっとあるんだけど、一人で車を降りるのは悔しかった。私はすでにクイニーとアマンに愛情を注いでしまっていて、どちらを引き取っても愛しきるという覚悟があったのだから。猫の飼い方に関する書籍も二冊ほど読み込んでいて、ネットで、評価の高いキャットフードなんかについても調べてたのだから。
あとで、優理の家にたどり着いた二匹の写真を優理が送ってきた。
ふたりとも新しいおうちでずっとキョロキョロくんくんしてるのー♡、みたいなヤツ。
何となく、既に優理はメスの、お耳が片っぽ白い方をクイニーと呼んでいて、お耳が両方キレイなブロンドヘアーのオス猫をアマンと呼んでる気がした。私の意向はまったくの無視で、名実ともに引き離された気がしたけれど、クイニー&アマンに名前を付けたのは私だという自負があるので、優理がこっそり名前を入れ替えていることを問いただしたりはすまいと決めた。


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私は余計なものを抱えがちで、必要なものが足りないという自覚が昔からあった。
ほら猫の本二冊も、キャットフードの知識もすでに余計なものだ。
そういう、用済みなものに縁があるのが私だった。
それはたいてい被害妄想のようなもので、いつも一緒にいた優理の人生があまりにも必要なものがきっちり揃っていて、余計なものを持っていないからそう見えることも分かっていた。
私はそもそもアレルギー体質で、ついに猫アレルギーも発覚したけど、優理は食物アレルギーの一つもなく、なんでももりもり食べる。その割に太りはしない。贅肉なんて余計なものは優理に似合わない。私は昔から生理痛が重いけど、優理はまったくと言って良いほどその時期を煩うことなく生きてきたらしい。今はお互い一人暮らしだけど、父子家庭で親戚付きあいも乏しいうちとは違って優理は、ご両親にお兄さんに妹さんに、大きな犬がいる。それに確かまだ両親とものおじいさんおばあさんもご健在なはず。何というかフルハウス。見たことないけど彼氏がいて、その彼は私が知る限り4人目で、初恋の彼との恋は叶わなかったけれど遠くで元気なのだとか。
初恋の彼の名を優理は明かそうとしない。
そもそも初恋の話なんて、幼馴染の私たちがする機会はない。
一度だけ優理のゼミの友達とかいう二人の女子と鍋を囲む機会があって、そのとき、私の家でその話題が生じたっきりだけど、私はなんだかその日のことをやたら引きずっている。
優理の初恋の相手というのは、間違っていなければ中学のとき同じクラスだったあの子で、もしそうなら当然私も知っている子なんだけど、優理が口にする彼に関する話はどこか遠く感じるから確信を持てなかった。
「もしかしてその子って……」と彼の名前を出そうとすると、「あ、蛍は知らない人だと思う。塾で会った人だから」と切り捨てるように言った。
彼は今、面倒くさい太目の女に付きまとわれていて、微妙に不幸らしいというオチがついていて、それは暗に今も近況を報告するくらいのやり取りはあるということを示していたし、取りようによっては彼女の初恋を実らせなかった彼が後悔していることを示すエピソードにも見えた。
今、もし私がその気になりさえすれば彼と何とかなるかもしれないという感じはしてるけど、初恋は初恋のまま、甘酸っぱい印象の、キラキラした過去を微妙に引きずった今の関係が良いと彼女は考えてるらしかった。
優理の初恋の相手の彼は、叶わなかった初恋の相手という位置で、彼女の中に完璧に存在している。叶わなかったことが正解であるという姿のまま、彼女の人生のパーツになっている。
もし私が予想している人が初恋の彼なのだとしたら、中学時代、私は同じ人を好きだった。しかし私は彼と連絡を取るすべがない。実際には通話アプリで彼のアカウントらしきものは出現するけど、彼に話しかける口実もなければ勇気もない。


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初恋の彼も余計なものじゃないから優理は忘れてない。私にとっては余計な記憶の一つにすらなっている彼も、優理の中では見事に甘酸っぱい青春に一ページになっていて、尊い記録になっている。
優理にとって不必要なものはきれいさっぱりなかったことになってしまうし、彼女にとって必要なものは全部ごっそり彼女のものになる。
私が見る優理はそういう女で、彼女といると損ばかりな気がする。
優理が私と友人でいるのも、場合によっては親友と呼んだりするのも、私が必要なのではなく、「幼馴染で親友」というカードが必要なだけなのだろうと思う。
「引き立て役ってやつ?」と私の今の恋人である佑介なんかは的外れなようで言い得て妙、みたいなことをにやにやして言うけど、それで、会ってみたいとか言うけれど、誰が会わせるか、と思う。
写真見せてよ、中高一緒なら卒アルに映ってるしょ? とか言うけれど卒アルは実家だからとごまかした。
祐介が優理のことを気に入ることが怖いのではないし、私が仮にも恋人である祐介から引き立て役呼ばわりされることも別に構わない。
でも、優理が祐介と会って、私から奪おうとしなかったら、私は祐介が嫌いになると思う。優理に不必要と見なされた男と私は付き合ってるのか、という気持ちになると思う。優理が羨むような男はほぼ無意識的に避けて、というか、優理がいかにも好きそうな人を見ると、なんだか既に人の彼氏を見るような気持ちになって、恋愛対象じゃなくなることがあって、こういう部分もなんだか損だなあと感じる。


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優理に関する恨みつらみを語っておいてなんだけど、これは準備に過ぎない。
なんの準備かって、優理に愛を伝える準備である。まだどうやって伝えれば良いか分からない。
不満はあるし、彼女といると劣等感に苛まれたり、実際に損をしたりするけれど、私は彼女に、本当の友達がいないと感じている。彼女は人づきあいが上手とは言えず、確かにいろいろと恵まれているが、上辺だけの、くそくだらない人生を送っていると思う。
私は知っている。
彼女が人間関係について過剰な意味付けをしてしまい、ときに道具のように扱ってしまう癖があると自覚していて、ときにその思考を抑えられなくなり、しばしば自己嫌悪に陥っていることを。
他の人間は人をそういう風に判断して付き合っているわけじゃないことを彼女は知っている。けれど彼女はどうやって無償の愛や友情を獲得すれば良いか分からない。
彼女は条件付きの人づきあいをするから、過ちや恥を介した友情や愛情のことを知らない。


7/12
「身内の死を経験してないから私は未熟」というようなことを言ったのを聞いたことがある。経ていないイニシエーションがあるから自分はクズなのだと思ってる。それで内心、じいちゃんかばあちゃんが死なないかなと考える。悲しみを越えれば、自分の人生がより豊かで恥ずかしくないものになると思っている。
そういえば私は、優理が泣いてるのを見たことがない。
私に言わせれば優理はプライドが高すぎる。恥を恐れすぎる。恵まれすぎてたんだと思う。
欠落の無い人生は余裕に見える。彼女が用意する不幸や失敗の話題は誰にとっても物足りない。初恋が叶わなかったとかいう記憶が人に差し出せる精一杯の恥で、それさえも甘美な記憶として差し出す見栄っ張りで、周りはまああんたはそれで良いんじゃない? みたいな空気になる。
そんな雰囲気にも恥を感じるから、彼女は手っ取り早く大きな不幸を経験したい。大好きなじいちゃんかばあちゃん死んでくれないかなと斜め上の発想になる。
そう、これは恥さらしの記録でもあるのだ。
優理が晒せない恥を私が晒す。


8/12
大学に入ってから顕著になった私の重い貧血の原因は子宮筋腫で、ピルを服用したけれど大きさは変わらず、私が卒業したらすぐに結婚したい、子どもも欲しいという祐介の言葉を間に受けて服用を勝手に止めたらしばらくして当然のごとく重い生理と貧血が始まった。
ピルをやめろとは言っていない、みたいなことを祐介が言ってきたので腹が立ったけどいずれにせよセックスなんてできないし、別れるのはあとでいいや、とりあえず体調を治そうと考えた私は手術を希望した。
医師とはよく相談したし、セカンドオピニオンも受けた。再発の可能性もあるし、まだ若いのだから先のことを考えると焦らなくても良いかもだけれど、吐き気を催すピルを再開するという選択肢はないし、だからと言ってこのまま生理が重すぎるのも、貧血に怯えるのも嫌だから、というようなことを学食で優理に話したあと、「それなら取っちゃった方が良いかなって思って」と言った。
「それって、佑介さんはどう……」と優理が言いにくそうにしているのを見て、私は彼女の癖が始まっていることに気付いた。私が子宮を取ると思ってる。子宮を取る親友は彼女にとって良いものだろう。今後子どももできない。男にも捨てられるかもしれない。
「もちろん、たくさん相談したよ。そしたら蛍の体調がずっと辛そうなのは見てたし、俺も賛成だ、って言ってくれた」嘘だ。
「そか。でもそれってすごい決断だよね、佑介さんとしても」
「どうなのかな」
あくまで私の個人的な観測によると、優理の望み通り、祐介はろくな男性ではなく、私が彼を信じていれば、私は不幸になるかもしれない。
「2人は、結婚するんだよね?」
祐介も、手術をするということは子宮を取ることだと思ってた。私の中の二人の最低度は同じくらいだった。私は彼女の勘違いに気付いていたけれど、少し意地悪な気持ちになってこう言った。
「結婚はまあ、できたらいつかしたいけど、それこそ焦ることないって言うか。私たちまだ学生だし。今後もっと良い人いるかもだし」
これは不愉快な返答に違いなかった。
手術後に子どもが生めなくなって、男に捨てられる不幸のシナリオを、彼女は本気で夢見ていた。
「手術を勧めるくらいなんだから佑介さんも覚悟を決めてるってことでしょ?」
それは欠落を知らない優理の、世間に舐められる論理だ。
覚悟とはなんの覚悟なのかを聞いた。
顔には出なかったかもしれないが、声には少し、棘があった。
「いやだから結婚の」身構えるような固い声で、優理は素早く答える。
種明かし。
「なんでそんなに結婚にこだわるの。手術したからって子どもが作れなくなるわけじゃないし、私も佑介も、いろいろ将来を覚悟の上ってわけじゃないよ」
優理はまさにこのとき勘違いに気付いたわけだけど、恥ずかしさから、瞬時に、勘違いなんかしてなかったよ、あくまで親友として、そして同じ女としてあることないこと心配しすぎて、純粋にただ蛍の身体のこと、私はよく知らない佑介さんの人格のことに想いを巡らせすぎてしまっただけだよという設定を拵えたように見えた。
「うん、まあそうだよね。ダメだね、心配しだしたらつい、悪い方に考えちゃう」と優理は実に曖昧なことを言う。
だから、分かんないのかな、そんなんじゃ優理の魂は磨かれない。優理の不幸じゃないもの。優理自身は何も乗り越えてないもの。自分の順風満帆を、他人の不幸で補強しようとしないで。
控えめに、だけどはっきりと、しょうもないようなものを見る目で私は、優理の口元を見た。「あ、ごめん、もう一回トイレ行ってくる」と言って、優理を置き去りにした。


9/12
その三月後、私の誕生日の朝、優理から、一日だけクイニーとアマンを見ててほしいと言われた。
子宮筋腫の手術の直後と言っても良い時期だった。
私が猫アレルギーだから二匹とも優理が引き取ることになったといういきさつを彼女はすっかり忘れてしまったんだろうかと思ったが、いつも彼女が送ってくる二匹の写真を喜んで受け取っていた手前、猫アレルギーだから無理と断るのも難しかった。
それに、これだけ急なのだから、他に頼める人もいなかったのだろうと思うとより断りにくかった。
「断りにくいってなに? そこは断っても全然おかしくないだろ」と佑介は言ったけれど、難しいものは難しかった。祐介には明かしていない私たちの会話がたくさんあるのだ。
「だからって蛍の誕生日に留守番なんて頼む必要ないだろ。それもこんな急に」と祐介は腹を立ててる。私が自分の誕生日に祐介との時間よりもクイニー&アマンとの時間を選んだことが気に障ったらしい。誕生日にこそ久々のセックスができると思っていたのだろう。昨夜は家に泊まったが我慢してもらった。私も思わせぶりな態度をとったのは悪かった。
「だったらさ、俺も一緒に留守番するよ」と言ったけれど、「いや、優理の部屋に勝手に男上げれないでしょ」と私は応答する。
「聞いてみれば? 俺のこと知ってるんでしょ? それくらい大丈夫だろ。こっちは頼まれて留守番するんだから」
「祐介は頼まれてないって」と私は冗談っぽく言ったが、祐介は優理の部屋に興味があるのだ、ということもはっきり伝わってきて心がざわついた。結局祐介は、私と優理が一緒に写っている写真を、私の携帯から見つけていたのだった。
「誕生日なのにごめんね、祐介さんと約束あったよね?」と優理から連絡があった。私は「まあ約束って言っても家で適当に過ごすだけだし、クイニー&アマンに会える方が嬉しい。むしろありがとう」と返信した。「むしろありがとう」には含蓄を込めたつもりだった。
「えーでもやっぱり悪いよ、見ててほしいっていうか、実は夜にお薬を飲ませてあげてほしいだけだから、お薬さえ飲ませてくれたらあの子たちはお留守番で大丈夫だよ?」と返事が来た。
その旨を祐介に伝えると、「じゃあ俺お前の部屋いて良い? どっちにしろ明日のバイト、ここから行った方が早いし」と言ったので私は快諾した。確かに、予想以上にアレルギーが酷くて帰りたくなる可能性もあるのだ。そのとき一人というのはやはり寂しい。
しかし、祐介の不純な気配から逃れられるのは魅力だった。祐介は手術後、いつになったらセックスができるのかを暗に繰り返し聞いてきた。できるできないじゃなく、もうしたくなかった。いつまでもそのままなんだったら他に女作るかもしれないと言ったが脅しにはなってなかった。誕生日にこそ、何かプレゼントでも買って、優しくすればヤレるだろうと考えていることが分かった。今日はまだチャンスがあると思ったのかもしれないが、できれば理由を付けて帰って来ないつもりだった。



10/12
優理の部屋に入ると、すぐに目がかゆくなりそうだと感じた。優理は約束の時間に私が訪れると、ほとんど入れ違いのように部屋を出ていった。友達と温泉に行くと言う。
優理に温泉に行くほど仲の良い友達がいるのだろうかと思った。
去勢と避妊の手術を受けたばかりで、クイニー&アマンはエリザベスカラーをまいていた。
優理は餌の量だとかトイレの掃除の仕方などを事務的に説明した。手術をしたばかりだから、カラーはあるけど傷口を舐めないように気を付けてあげて欲しいということと、夜になったらお薬を飲ませてやってくれと言った。
子宮の手術を終えたばかりの私に当てつけるように、クイニー&アマンはしょげていたし、優理は上機嫌だった。
余計なものを持たない優理は、クイニー&アマンの生殖能力もすぐに切り捨てたらしい。タイミングとしては、私の手術が終わってから一月かそこらというところだろうか。
私の子宮も取ると思っていた優理は、勘違いの恥を上塗りするように生殖能力を失った二匹をみせようとしているらしかった。
クイニー&アマンの、虐待を受けたあとみたいな顔を見てられなかった。恨みを持っているように見えた。執拗に前足を舐める二匹は、今日の夜中、私の首筋を切るために爪を磨いているように見えた。その殺意を甘んじて受け入れても良いと感じた。
私を殺したいのなら毛玉を喉の詰めた方がよっぽどうまくいくよと私は声に出して言った。毛玉を喉につめたらアレルギーがなくても死ぬか、とちょっとおかしくなったけど、アレルギー持ちならなお有効だろう。
何か飲もうと思って冷蔵庫に向かうと、扉のところにメモが貼ってあった。

 ほたる! お誕生日おめでとう! 
今日は本当にありがとう! クイニーとアマンをよろしくね!
冷蔵庫の中のものはお好きにどうぞ♡
それと、お腹が空いたらオーブンをあけてみて!

オーブン……。
私には電子レンジにしか見えなった。きっと一人暮らしを始めるときに、親に買ってもらった高級なものだろう。中を開けると、ハート型のクッキーが並んでいた。
いびつな形をしていて、割れたものもそのままで、ハートと見るのは私がそう見たいからで、優理は子宮の形のつもりなのかもしれないと思った。
まさか優理は、私に意地悪をしているつもりなんだろうか。
ひどいことをしてるつもりなんだろうか。
アレルギーがあることを知りながら、虚勢と避妊が済んだ猫の世話をさせることが私の傷になるとでも? だから、私は別に子宮取ったわけでも卵管縛ったわけでもないってば。優理はこのくらいのことで人が傷つくと思ってるんだと思うと、愛しさがこみ上げてきた。優理は本当に恵まれた家庭で育ってきたのだなと思ったし、彼女の意地悪が愛に見えて仕方なかった。それとも全部被害妄想だろうか。だとしたら謝る。
彼女の精一杯の残酷を私は甘んじて受け入れながら、しかしアレルギーはどうしてもつらいので、一度病院に行って抗ヒスタミン剤を処方してもらった。帰り際、量販店で掃除用具を買い足した。意地でも優理の部屋に泊まる予定だった。
部屋中掃除して、クイニー&アマンのグルーミングを丁寧にやって、苦心して薬を飲ませ、暴れたのでまたグルーミングしてという幸せを噛みしめていると、あっという間に夜になり、朝が来た。アレルギーも問題にならず、クイニー&アマンも大人しく、いつになく私はたっぷり寝たらしい。二匹が太もものあたりでタオルケットに包まって寝てて、非常に幸せだった。
携帯の通知には父と数人の友人から誕生日を祝うメッセージが来てたが、祐介からは何も連絡がなかった。



11/12
後日、祐介の浮気が発覚した。
相手は優理で、私の誕生日に二人で会っていたらしい。
優理は祐介が私の部屋で一人待ちぼうけを食らっていることを知っていた。私が教えた。
友達と温泉という明らかな嘘をついていたのだから、優理の計画に違いないけど、どこまで計画的だったのか。私の協力がなければ成立しないと思うが、お互い、息が合ってたように思う。祐介はバカだから簡単に受け入れただろうし、私の部屋で浮気するのにも興奮しただろう。私たちは竿姉妹になった。
祐介が優理に興味を持っているなんて話は何回もした。セックスは我慢してくれてると、まるで私の身体を大切にしてくれているかのように言ったこともある。そして誕生日は彼を差し置いて、クイニー&アマンを選んだ。
もしかしたら温泉は本当で、衝動的に私の彼氏を寝取ろうと思いついたのかも。頭が可愛い優理は、友人と恋人の裏切りが私を傷つけて自殺でもするかもしれないと思ったのかも。


12/12
分かってないんだよ優理は。
私は優理を羨ましく思っていて、優理の余計なものを持たないスタイルに憧れてすらいるのだ。優理が祐介を寝取ってくれたのが悪い気がしないのは変かもしれないけれど、私は優理が寝取ってくれたおかげで、ちょっと祐介を見直した。もう興味はないけど、良い思い出になった。優理が関わったらこうして全部良い思い出になるのかなとすら思った。
多分私は、優理が祐介に興味を持つよう、いろいろ誘導したと思う。
この件に関して、私は傷つくことができない。やっぱり優理の、平和な脳みそが可愛く見えてしまって怒る気にもなれないし、自分の人生を豊かにすることにかけて健気だなとしか思えない。
ただ私は優理を守りたいと思う。この先が心配すぎる。
罪悪感とか悲壮感とか、優理には必要ないものだ。祐介みたいな馬鹿と関わる必要もない。
発想が斜め上の変な子だけど、ずっと私の幼馴染のまま安定の人生を歩んでほしい。
優理にとって不都合な存在になればあなたの人生から追い出されるってことは分かった。でも、こういうバカバカしさを一緒に乗り越えてこそ友情が芽生えるってことを証明したい。
親友の誕生日にその彼氏を寝取ったっていう武勇伝をあげる。
それでも私達の友情は壊れなかった。むしろ結束した。
その男は割と最低な性格だしセックスもド下手だったからすぐに振ったし、親友も別れようとしてるときだったから丁度良かった。なんか丸く収まって、今ではクズ男の話で盛り上がれるっていうエピソードがあれば、きっとみんな興味を示して、優理の友達になってくれる。その動機の意味分からなさもそのまま伝えると良いよ。私がカバーする。あることないこと話してあげる。
余計も、過剰も、無駄も、二人で持つには悪くないって多分分かるよ。
だからお願い。
クイニー&アマンを病気にして、かいがいしく世話をする、みたいな、そういうことは今後絶対しないでほしい。
優理はそういうことをするタイプだと思う。


クイニ―&アマン(完)

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