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女子寮事件簿、 共有冷蔵庫からアイスクリームが消える

冷蔵庫から食べ物がなくなるらしい。

そんな噂を聞くようになったのは、私が高校2年生の冬のことだ。

「冷蔵庫を使う場合は名前と日付を書いてください。名前のない食品と3日以上放置している食品は廃棄します」

女子寮の定例会で、生徒リーダーが毎度決まり文句のように言うのだが、効き目はないに等しかった。

私たちの高校は全国的にも珍しい全寮制の共学校だ。女子寮に住んでいるのは、生徒と教師あわせて50人弱。先輩後輩の上下関係がほとんどないアットホームな校風で、規則がゆるくなりがちだった。

冷蔵庫の使用ルールは、ミーティング後数日は守られるものの、次第に適当になり、常に食べ物があふれている状態だった。なので物がなくなるという話も、勘違いか取り間違えだろうというのが共通の認識だったのだが……

食べ物が消失するケースは日に日に増し、おまけに悪質化していった。名前と日付を書いたアイスクリームが、冷蔵庫に入れてから数分後になくなる、ワンホールのケーキが消えて、後日1切れ食べられた状態で戻される、という事案まで発生しだしたのだ。

女子寮の誰かが、人の食料を盗んでいる

口にこそ出さないが、皆そう確信し、寮の空気がにわかにピリつくようになっていた。いたずらにしても気持ち悪すぎるではないか。

そんなある日、

夕食後にベッドに寝転んで枝毛をむしっていた私の部屋に、同級生のM子が飛び込んできた。

「ウケる!!盗られた!!私のパウンドケーキ!」

私は飛び起きた。

「うそ!いつ?マジで!!?」

「昨日の夜、冷蔵庫に入れといたんだけど、今見たらなくなってた!名前も日付も絶対書いた」

M子はお菓子作りが上手い。ケーキやクッキーを焼いては、私たちにお裾分けしてくれるのだが、今日も冷蔵庫で寝かせていたケーキを取りに行ったところ、忽然と消えていたのだという。

私の心は踊った。

ケーキを盗まれたM子本人はというと、何かツボにハマったらしく、エビのように丸まって笑い転げていた。

近ごろの盗難について、気持ち悪い話だと思ってはいたものの、実際に身近で発生すると怖さより好奇心が打ち勝った。退屈な高校生活に降って湧いた刺激的な事件だ。ゴシップ好き女子の血が騒ぐ。

私とM子はそのまま、仲良しのS子の部屋へ乗り込んだ。取れたてほやほやのスクープを、手柄を競うように共有したところ、S子も目を輝かせた。

「名前書いてるのに盗るって悪質やんな、M子誰かに嫌がらせされとんちゃう?」

「盗られたの私だけじゃないじゃん」

そう、犯行は無差別なのだ。私は疑問に思っていたことを2人に話した。

「こんな狭い寮で人に見られずに何度も盗めるかな? 夜は冷蔵庫の前にいたら怪しまれるし、日中は誰かとすれ違う可能性あるよ。授業サボればいけるかもしれないけど……」

そこでM子が言った。

「そういえば冷蔵庫の隣ってO先生の部屋だ! 授業サボって盗むのは無理だ」

O先生は女子寮に住む家庭科教師で、本校最高齢(たしか87歳)かつ、女子寮最恐と名高い。廊下で大声で笑う、服装が派手…などの理由で生徒を厳しく叱りつける今時珍しい先生なのだが、何しろ高齢のため、基本的に話が何ひとつ通じない。彼女はほとんどの時間を自室で過ごしているので、変な時間に寮を歩いているのを見つけたら話も聞かずに怒鳴るだろう。

O先生を突破できるのは夜中か。

「夜中に見張ってみる?」

私が悪い顔で提案すると、

「消灯後に廊下で見張るって 無理じゃない?」

とM子。

「せやな。それに、そういうのは嫌やな……その子の顔、見たくないわ」

2人の言うとおりだ。現実的に見張りは難しいし、寮の誰かを犯罪者として暴きたくはない。

相談した結果、私たちはトラップを仕掛けて犯人を驚かせることにした。

冷蔵庫にわざと無記名で市販のアイスクリームを入れる。ただし、中身のアイスは取り出して、代わりに雪を詰め込む。外は大雪で、詰め込む雪はいくらでもあった。そして、蓋の裏に「盗るな!!!!」とデカデカと書いておくのだ。

消灯前のギリギリの時間に仕掛けアイスを冷蔵庫に入れながら、盗んだアイスの蓋を開けて、ビックリ面食らう犯人の様子を想像し、私たちは何度も噴き出した。

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翌朝、冷蔵庫をチェックすると、


アイスは消えていた。


私たち3人は顔を見合わせた。

本当になくなっている。

ここまでやっておいてこう言うのもなんだが、冗談のつもりだった。

しばらく呆然と立ち尽くす。


するとそこへ、スリッパを引きずるようにゆっくりと歩きながらO先生がやってきた。いつになく機嫌がいいようだ。

私たちの前をゆっくり通り過ぎながらO先生は言った。

「これはね、3年生のヤス子さんが私に作ってくれたんだよ」

固まったままの私たちを意にも介せず、O先生は手にしたパウンドケーキを冷蔵庫にしまった。ケーキを巻いたラップには“○月○日 M子”と書かれていて、半分ほどなくなっていた。

私たち3人が状況を飲み込んだ瞬間は、完全に一致していると思う。

気になるのは、彼女があの雪を食べてしまったのかどうかだ。