恋の仕掛けは甘くて脆い #月刊撚り糸 (2021.4.7)
ぐぅーっと、息を呑み込むように気持ちを押し殺した。
大好きな幼馴染の蓮には、大切な彼女が二人もいる。
私がどんなに誘惑をしても、蓮はその二人の彼女を決して裏切ったりはしない。
もっとも、彼女が二人もいる時点で、相手に対しては充分裏切り行為なのだろうけれど。
「優香ってば、そんなに彼のことが好きなの?」
「悔しいけどね」
本当に悔しくてたまらない。
決して、モテないわけじゃないのだ。同僚や先輩、後輩にだって何度も食事に誘われている。
だけど、誰に誘われても、その時間目の前のその人ではなく、蓮のことが頭からチラついて離れないのだ。
「振り向いてくれないから、意地になってるだけじゃないの?」
そうなのかな。
だけどそれなら、今まで蓮が彼女に振られた時も、嬉しいだなんて思ったりしないし、蓮から新しい彼女ができたと聞かされても、胸がチクリと痛んだりはしないだろう。
「そんなことない。どうしても、蓮が欲しいの」
「それがあなたの本音なら、応援するけど」
持つべきものは、やっぱり親友だ。
「ありがとう、真帆。頼りにしてる」
「任せなさいって」
真帆が蓮の住むアパートの隣に引っ越してから、もう2週間になる。
今のところ、二人はまだ真帆の引っ越し当日にお互い顔を合わせただけらしい。
蓮が真帆を好きにならなければ、きっと今までのジンクスは破られる。
「しかし、今までの歴代の彼女の名前が、みんな私と同じ名前なんてびっくりだよ」
「でしょ?」
真帆は、まるで他人事のように、クスクスと笑った。
私と杉野真帆が出会ったのは、もう1年前くらいになる。真帆には婚約者もいて、今年の秋には挙式予定だ。幸せ絶頂の真帆がこのジンクスを破ってくれたなら、蓮ももしかしたら私に女を感じてくれるかもしれない。
「でもさ、私が彼の部屋の隣に引っ越して、本当は心配だったんじゃないの? 同じ名前なわけだし」
「まったく心配がなかったかと言ったら嘘になるけど、真帆のことは信用してるから」
名前だけに引き寄せられるなんて、そんなことあるわけがないじゃない。
ただの偶然が続いているだけ。
蓮本人は、隣に越してきた杉野真帆と私が繋がっていることは、もちろん知らない。
「まぁ、今のところ異常なしって感じね。一度も見かけてないし。他の真帆ちゃんたちが、訪ねてきている感じもないわ」
「そう」
蓮はいつも、自分の部屋に彼女を呼ばない。
きっと、彼女同士が鉢合わせすることがないようにっていう蓮なりの配慮なのだろう。
だから、洗面台に私の歯ブラシや化粧品を置きっぱなしにしていても、蓮はそれを嫌がったりしないし、私が泊まっていっても全く気にしていない感じだ。
「その彼女たちって、どんな感じの人たちなの?」
「うーん、私もその二人を写真でしか見たことないんだけど、1人はとても綺麗な人。蓮が彼女へのプレゼントに悩んでたから、これを勧めたのよ」
ドレッサーの引き出しから、マスタード色のマニキュアを取り出す。
「へぇ。こういう色が似合う彼女なのね。で、もう1人は?」
「看護師さんって言ってたかな。見た目も全く違う印象で、マスタード色のマニキュアは似合わないと思うから、その彼女にはプレゼントしないって言ってたわ」
とは言っても、その彼女もなぜかマスタード色のマニキュアをしてきたって、蓮が驚いていたけれど。
真帆は、私からマニキュアを受け取ると、まずは婚約指輪が嵌められている左手の薬指から、丁寧に塗り始めた。
真帆の雰囲気にも、このマスタード色のマニキュアはとても合う。
一本ずつ、とても丁寧に塗った真帆は、満足気に自分の指を見つめた。
薬指に輝くダイヤモンドが、なぜか私の不安を煽ってくる。
もしも蓮がこの真帆の指を見たら、どう思うんだろう。急に襲ってきた不安は、大きくなるばかりだった。
「いい色ね、これ。気に入っちゃった」
「うん、私もお気に入りなの」
蓮は、このマスタード色のマニキュアをしている彼女たちを抱くとき、ほんの一瞬でも、私の指を思い浮かべてくれるのだろうか?
蓮の心は、今は私にはない。だけど、蓮が素直に本音を語れるのは、私にだけだろう。
「彼が優香のこと、好きになってくれるよう、応援するわ」
「ありがとう、真帆」
どうしても、蓮が欲しいの。
もう二度と、真帆に負けたりなんてしない。
2021.4.7
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