恋人サンタ
「須崎く……」
クリスマスイヴ。
街中が白い吐息と幸せそうに手を繋ぐ恋人たちで溢れている中、片想いの須崎くんを見かけた私は、須崎くんに到着する前に足を止めてしまった。
須崎くんを呼んだ私の声すらも彼には届かなくて、突然現れた見知らぬ女の子に、大好きな笑顔を見せる須崎くん。
少しずつ、私から離れて歩いていく二人は楽しそうだった。
時折彼女が須崎くんに触れるだけで、胸がズキンと痛む。
つい一週間前までは、彼女なんていないって言ってたから、今日のクリスマスパーティーに誘ったのに。
きっと、今日はパーティーはドタキャンで、あの彼女と一緒にイヴを過ごすのよね?
◇◇◇◇◇
「杏子、なんだか元気ないんじゃないか?」
知り合いのカフェを貸し切りにして始まったクリスマスパーティー。
時間になっても現れる様子のない須崎くんに、絶望感が増していくばかりの私。
そんな私に声をかけてきた浩司は、私の片想いなんて知るよしもなく、残酷な言葉を呟いた。
「そーいえば、須崎。彼女ができたらしいぞ?」
思い起こされる、さっきのワンシーン。
脳裏から消えてくれることはなくて、更なる痛みを胸に突き刺した。
「……そうなんだ。須崎くんの彼女って、どんな人?」
そんなこと、聞きたくなんてないのに。
聞いたところで、落ち込みが大きくなるだけだから。
わかってはいても、気持ちと言葉が無関係に動いてしまう。
「うーん、俺も直接聞いたわけじゃねーから。二人で一緒に歩いてるとこ、さっき見かけただけだし。それに、パーティーに来てないのが何よりの証拠だろ?」
浩司もここに来る前、須崎くんたちを見かけたんだ。
決定的になった、私の失恋。
それでも、みんなが楽しむパーティーをぶち壊したくないから、無理に笑ってみせると、
「須崎、遅いぞ!」
カランと扉が開くのと同時に、誰かの声が耳に留まった。
みんなの視線が一斉に須崎くんに注がれる。
後ろからは、さっき見かけた彼女がちょこんと顔を出した。
「……あれ、美玲じゃんか? どうしたんだ?」
奥の方から、須崎くんの中学時代の同級生が顔を出してくる。
途端、パッと顔の朱くなった美玲さんは、困ったように須崎くんを見上げた。
「……おい、須崎。彼女をきちんと紹介しろよ」
私の隣にいた浩司が、つかつかと二人に歩み寄る。
私は、それ以上仲良さそうな二人を見ていられなくて、誰にも気づかれないように、そっとオープンテラスへと出た。
暖房のきいている店内とは異なり、凍りつくように冷たい北風が、身体を突き刺す。
我慢していた涙も、じわっと溢れ出して頬を伝わって地面を濡らしていく。
こんなんじゃ、戻れないよ。
止まることのない涙を拭って、持っていたグラスをテーブルの上に置くと、店の中から、さっきまでみんなに取り囲まれていた須崎くんが出てきた。
「……杏子、どうかしたのか?」
優しい声をかけられたら、かえってミジメな気持ちになる。
勝手に好きになって。
勝手に失恋して。
勝手に一人で泣いているんだから。
「……綺麗な彼女だよね」
できるだけ明るく言ってみても、これじゃ、私が嫉妬してるみたいだよ。
それなのに。
「……そうか? 俺は杏子の方が、ずっとかわいいと思うけど」
躊躇うことなく、紡ぎ出された須崎くんの言葉。
褒められたのに、素直には喜べなくて俯けば、そっと手を取られて、小さな包みを手渡される。
「……須崎、くん?」
“いかにも”アクセサリーだと言わんばかりの小さな箱。
どうして?
見上げると、空いた須崎くんの手が私の頬に触れた。
「……あいつのこと、好きなのか?」
須崎くんの視線が、美玲さんとすぐ隣にいる浩司を捕らえる。
「え?」
「……浩司のことなんて、やめておけ。俺、ずっと前から杏子のこと好きだった」
照れくさそうに笑う須崎くん。
私の頬から降りてきた須崎くんの手が、私の手をきつく握りしめた。
本当に?
夢じゃないよね?
瞳から、自然に涙が溢れる。
「ばーか、なんで泣くんだよ」
「……ごめん、だって、」
「杏子の返事、聞かせてくれる?」
手を繋いだまま、須崎くんは真剣な眼差しで私のことを見つめた。
「……私も、ずっと須崎くんのことが好きだったよ」
舞い降りたのは、雪でもサンタクロースでもない、クリスマスイヴだけど。
雪よりも、どんなプレゼントをくれるサンタクロースよりも、片想いが叶ったこと、須崎くんの手が、私の手を握ってることが夢みたいで、ふわっと引き寄せられれば、冷たい唇に熱いキスが浴びせられた。
「……今年はみんなでクリスマスイヴだけど、来年は二人で、な。今から杏子の隣、予約しておくから」
「今から?」
「あぁ、その先も、ずっと」
fin
2020.12.25
#クリスマスアドベントカレンダーをつくろう特別編
#クリスマスアドベントカレンダーをつくろう