まんまるの優しさを繋いで
真夜中に目が覚めると、窓から見える月は、いつもまんまるだった。
隣に眠る圭のことを起こさないように、静かにベッドから降り、ベランダに出る。
冬がすぐ近くまで来ているせいか、空気はひんやりと冷たく感じられた。
圭と一緒に暮らすようになってから、7年が過ぎた。
何度か圭にプロポーズをされているけれど、私はその答えをずっと先延ばしにしている。
その理由はただひとつ。
どんなに愛していても、圭に依存したくはない。
結婚というカタチに縛られ、幸せのカタチが変わるのが怖いのだ。
今だって、充分に幸せだと思う。
お互いを縛り合う関係ではないから、こんな風にひとり真夜中に目覚めても、淋しさを感じない。
ひとりで感じる真夜中の風も、ひとりで見るまんまるのお月様も、眠れなくてプシュッて開ける缶ビールも、私にいつも小さな幸せをくれる。
なんて強がっているけど、本当はちょっとだけ淋しいときもある。
そんなときは、静かに圭の頬に唇を寄せる。
本当は、泣きたいくらい淋しいときもある。
そんなときは、涙をこらえて圭の背中に顔を埋める。
「月が綺麗だね」
ふと、背後から聞こえてきた声に振り向くと、ちょっと眠そうな圭が私に抱きついてきた。
背中に感じる圭の体温が、優しくて温かい。
「まんまるだよね」
笑って言うと、圭がさらに私を強く抱きしめる。
「沙季はさ、俺との幸せは考えられない?」
圭の表情は見えないけれど、きっと今の圭は淋しさを感じている気がする。
圭との未来を何度も考える。
ふたりで見る、これからの景色のこと。
ふたりで過ごす、これからの季節のこと。
だけどやっぱり、私は幸せのカタチが変わってしまうのが怖い。
圭がいつか、私以外の人を一番に愛するようになるのが怖いんだ。
私がいつか、圭以外の人を一番に愛するようになるのが怖いんだ。
圭は、抱きしめてくれていたその手をほどくと、私の隣に並んだ。
さっきまで背中に感じていた圭の体温がなくなって、すぐ隣に圭がいるのに、なぜか淋しくなってしまう。
「今も幸せだから、これ以上なんて望んだら、バチが当たるよ」
圭は、少し呆れたかのように、フーッと溜め息をこぼす。
淋しそうな圭の横顔を見て、チクリと胸が痛んだ。
「幸せってさ、小さい方がかわいい気がしないか?」
「え?」
圭の言おうとしていることがよく理解できずに、首を傾げた。
「日曜日の朝に寝坊して、どちらからともなく手を繋いだり、キスしたりする時間とかさ、今日みたいに眠れなくて、ふたりでなにかを話しているうちに、いつのまにかふたりで抱きあって眠ってたときとかさ、そんななんでもない幸せが、かわいいと思わないか?」
幸せがかわいいなんて、そんなこと考えたこともなかった。
幸せって、もっと大きくて漠然としたものかと思っていた私のココロに、「かわいい」という圭の言葉が、すーっと沁み入ってくる。
小さな小さな幸せ。
考え始めると、圭と過ごす毎日は小さな幸せで溢れている気がする。
ちょっと淋しくて、圭の頬に唇を寄せる夜も幸せだ。
泣きたいくらい淋しくて、涙をこらえて圭の背中に顔を埋める夜も、私はやっぱり幸せだ。
「本当に月が綺麗だね」
こんな風に、まんまるのお月様を見ながら、ふたり寄り添って手を繋ぎ、眠れない夜を過ごすのも、圭と一緒だから幸せを感じるんだ。
「沙季を幸せにするなんて、そんなこと言わないよ、俺。でも、沙季と一緒に毎日、ふたりで小さな幸せを見つけたいんだ」
小さな幸せを見つける。
結婚して家族になったら、きっと幸せのカタチも変わっていく。
だけど、幸せのカタチはお月様と同じなんだ。
目に見えない新月の夜も、お月様はちゃんと空にあるように、私たちの幸せも、ひとつずつ大切にしていけば、私たちのココロにちゃんとある。
「小さな幸せって、なんかかわいいね」
「だろ?とりあえず、部屋に入って、あったかい珈琲でも飲もうか?」
「うん」
真夜中に圭と珈琲を飲むなんて、初めてのことだった。
こんな風な、小さな幸せがかわいい。
そんな風な、小さな幸せを一緒に感じたい。
fin
この作品は、noハン会小冊子企画2ndに参加しています。