真夏の夜、たったひとりの君に会いにいく。
里佳子との飲み会の帰り。
駅で里佳子と別れ、帰路につくと、そこには今まで見たことのない公園があった。
いや、見たことがないと思っただけで、実はずっとそこにあったのかもしれない。
その雰囲気は通っていた高校の近くにあった公園に、どことなく似ていた。
少し飲みすぎたかな。
失恋したばかりの里佳子を慰めるために、久しぶりにお酒を口にした。
お酒はあまり、得意ではない。
それでも口にしたのは、里佳子を慰めながら、私も忘れられない祐介への想いを、どうにかしたかったからなのかもしれない。
頭を冷やしてから帰ろうと、公園の中に入る。
遊具もなにもない、ベンチがいくつかあるだけの公園。
真夏だというのに、公園の中は異空間にいるような静けさだった。
終電には、まだだいぶ早い時間だし、駅前にはサラリーマンの姿もかなり見られた。
金曜日の夜ともなれば、それなりに夜は明るい。
なのに、ここだけが外界から閉ざされているような静けさ。
普段なら、車通りも多い場所だ。それなのに、車の音さえ聞こえてこない。
手前のベンチに腰をおろす。
すると、突然身体にチカラが入らなくなって、そのまま意識を手放した。
◇◇◇◇◇
あれ? 夢?
目が覚めたとき、私は自分のベッドの上にいた。
昨日は里佳子と飲んで、その後、見たこともない公園があって。
記憶を辿るけれど、ベンチに座ってからのことをまったく思い出せない。
そんなに飲みすぎたわけじゃないのに。
ゆっくりとベッドから起き上がると、部屋の中の異変に気づく。
なに、これ?
壁にかけられていたのは、もう10年も前に私が着ていた高校の制服だった。
もちろん、それだけじゃない。
寒いのだ。
窓から見える景色も、明らかに真夏ではなかった。
窓を開けると、思っていたよりもずっと冷たい空気が入ってくる。
どういうこと?
ベッドサイドにあったスマホを手に取ると、表示されてた日付を見て、、愕然とした。
昨日は確かに8月24日だったはずだ。
それなのに、このスマホは、今日が1月24日だと表示している。
しかもだ、10年も前の。
いったい、何がどうなっているの?
慌てて、部屋を飛び出す。
家の中は、しんと静まり返っていて、私以外、誰もいないようだった。
コートを羽織って、家の外に出てみる。
朝の9時だというのに、誰ひとり道を歩いている人はいない。
普段だったら、この近所を犬の散歩コースにしている人たちが通っている時間だ。
ジョギングしている人たちもよく見かけるのに、今日に限って誰も通らない。
ひとりぼっち、という言葉がよぎった。
車の音ひとつしない。
世界から音が消えてしまったようだった。
何も聴こえてこない。
ただ、まっすぐに歩いていくと、昨夜通り過ぎたはずの場所に、あの公園はなかった。
どうなってるの?
いや、待って。
10年前の世界に、迷い込んでしまったってこと?
そんなこと、本当にある?
それを確かめたいのに、歩いても歩いても、誰にも出会わない。
冷たい冬の空気が、よけいに孤独を感じさせる。
ふと、後ろを振り返ると、今まで歩いてきたはずの道が、暗闇の中で消えかけていた。
一歩後退すれば、自分も消えてしまうんじゃないか、そんな錯覚に襲われる。
立ちすくみそうになりながら、必死に脚を前に出す。
だけど、闇は後ろから確実に私を呑み込もうとしていた。
助けて!
走りたいのに、身体がうまく動かない。
歩こうとする気力だけで、なんとか身体を動かしていた。
私を呼ぶ太陽にむかって、精一杯歩いていく。
目の前には太陽があるのに、すぐ後ろは暗闇だった。
歩いても歩いても、全然駅に辿りつかない。
なぜか、ずっと同じ景色が繰り返されている気がする。
もう何回この場所を通ったんだろう。
そう思ったときだった。
なぜか、突然あの公園が現れた。
何か強いチカラに導かれるように、公園の中に脚を踏み入れる。
公園には、“昨夜”見たときと同じように、ベンチが並んでいた。
どういうこと?
何もかもがおかしい。
スマホは10年前の日付を表示したままだ。
それだけなら、スマホが壊れたせいにもできるけれど、私が眠った真夏の夜じゃない。
正真正銘の真冬だ。寒い。冷たい。
誰にも出会わない世界。
悲しみよりも、寂しさがその想いを膨らませる。
公園の中、眩しいくらいの太陽の光が降り注ぐ。
そして、なぜか公園の外は、真夜中のように真っ暗だった。
太陽にむかって精一杯手を伸ばす。
すると、そこにはあるはずの私の影が見えなかった。
いくら手を伸ばしても、遠い遠い太陽には届かない。影がないからなのか、身体のバランスがうまく取れない。
いったい、何が起こっているというの?
手を伸ばすことを諦めて、昨日座ったベンチの、隣のベンチに腰をおろす。
ベンチはひんやりと冷たくて、空を見上げると、遠くにあった太陽が、今にも消えてしまいそうだった。
闇に呑み込まれる。
そう感じた瞬間、ぎゅっと目を閉じると、再び私は意識を手放した。
◇◇◇◇◇
どういうこと?
空には妖艶な雰囲気を身に纏った満月が、何か言いたげに私へ光を届けてくれる。
寒くはなかった。
この身体が感じるのは、確かに真夏の感覚だった。いや、真夏かどうかはわからない。
だけど、少なくても冬だとは思えない。
身体をゆっくりと、起こす。
おかしい。
私が真冬のベンチで意識を失ったのは、このベンチじゃなかった。
隣のベンチだ。
このベンチは、里佳子と飲んだ夜に、意識を手放したベンチだった。
夢、だったんだろうか?
カバンの中からスマホを取り出す。
そのスマホには、8月24日と表示されていた。
お酒を呑んで、夢でも見てしまったんだろうか。
外灯にむかって、手を伸ばすと、影も一緒になって姿を表す。
誰もいなかった世界は、寂しかった。
祐介のいない世界も、ずっと寂しかった。ただ隣にいたかった。いて欲しかった。
色はあるのに、音のない世界は、その色も本来の意味を失っていた気がする。
早く、行こう。
立ち止まっている時間はない。
会いたいときに、あなたはいなかった。
世界に私はひとりぼっちだった。
だから私は、あなたに会いにいく。
今夜の私は、たったひとりのあなたに会いにいく。
満月が見守る中、私は影と一緒に歩き始めた。
fin
こちらの企画に参加させていただいてます。
いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。