この想いを温めるには、少しだけ時間が必要です #クリスマス金曜トワイライト

バイクで走るのが好きでした。
カフェで働く傍ら、まとまった時間ができれば、いつも海岸線をドライブしていました。
エンジンの音と潮風の香りが、私の頑なな心をいつかとかしてくれる気がしていました。
そしていつも、神社に立ち寄り、澄み切った空気を感じて、もう隣にはいないあの人のことを思い出していました。

私の働くカフェは、国内にいくつか店舗を構える有名なカフェで、オーナーのご厚意で、私は全国あちこちの店舗で働きながらバイク旅を続けています。

このビルの1階にあるカフェで働くようになったのは、1ヶ月ほど前。
お客様のほとんどは、このビルで働く人たちで、1ヶ月も早番で働いていると、見知った顔もだいぶ増えていきました。

『ベーグル、温めますか?』

『あ。。どうも。。』


彼のことは、オフィスに向かう姿を何回か見かけていて知っていました。
オフィスが23階にあるということ。
彼と同じオフィスで働く女の子が、ひそかに彼を狙っているらしいっていうこと。
バイクに興味があるのか、私の乗っているカワサキのバイクを時々見ていること。

彼がビルに入ってくる時間になると、そわそわするようになっていました。
今度はいつ、寄ってくれるのでしょうか?
この気持ちは、恋なのでしょうか?
そんなことを、いつからか近くの神社のおみくじで占うようになっていました。


◇◇◇◇◇

ビルから少し離れた、国道沿いのビルの谷間。
そこにある神社に、いつものように訪れていたときのことです。
いつもほとんど人がいなくて、静寂な場所からがお気に入り。長椅子に座り、引いたばかりのおみくじを読んでいたとき、彼の姿を見かけました。

突然起きた偶然に、おみくじと彼の姿を交互に見つめていると、彼がこちらに歩いてくるのが見えました。

気づかないふりをしながら、一歩ずつ縮まるふたりの距離に、鼓動は素直に反応し、自分でも驚くくらいで。
彼に会釈をされたとき、なにかがパチンと弾けたような、そんな音が聞こえたような気がします。
会釈をしてくれた彼。
胸が高鳴るばかりの私。

『あの。。ワタシのおみくじに、待ち人は遅れて来たる。って書いてあったんです。あ。。おみくじ引きました?』

彼は嬉しそうに頷くと、大吉と書かれたおみくじを見せてくれました。

昼休みも残りわずか。
本当に少しだけ、彼と言葉を交わしました。
その時間が愛おしくて、このまま時間が止まればいいのにと、願ってはいけないことをつい、願ってしまいました。

彼は待ち人?
おみくじを大切にしまって、私は彼より先にその場を後にしました。

この想いは、恋なのでしょうか?
彼の柔らかな笑顔が、頭の中から離れませんでした。


◇◇◇◇◇

もう二度と、恋をしないと思っていました。
だからずっと、ひとつの土地に想いが残らないように、バイクで旅を続けてきました。
彼と初めて言葉を交わした後、私はバイク旅に出ました。
この想いが恋なのか、そうじゃないのかを見極めるために。

だけど、答えは出ませんでした。

会えなければ会えないほど、色濃く感じるこの想い。
もしこれを恋と呼ばないのなら、この想いにはなんと名付ければいいのでしょうか?


◇◇◇◇◇

旅先で、小さな事故に遭ってしまった私は、それからしばらく仕事を休むことになってしまいました。

彼と会えなくなってからも、この想いは募るばかり。
お見舞いにきてくれるバイク仲間に相談しても、返ってくるこの想いの名前は、恋。

退院して少ししたころ、偶然に彼に再会しました。
初めて言葉を交わした日のように、いや、それよりもずっと、鼓動は高鳴っていました。
第三京浜の三沢サービスエリア。
彼は仕事できたのか、バスに乗り込もうとしていました。

風の悪戯で、彼の手にしていたハンドタオルが、私の元へと飛んできました。
しばらく動けずにいた私たちでしたが、この想いまで風に飛ばされて流されたくない。
そんな想いが強くありました。

彼がゆっくりと近づいて来ました。相変わらず優しい笑顔をしていました。

『おみくじ。またこの前引いたんです。。覚えてます?』

またおみくじ引いてくれたんだ。
そう思うと、それだけ嬉しくなりました。

拾ったハンドタルを手渡しながら、そっと頷きました。

『ええ。もちろん。で。。大吉でしたか?』

2度目の大吉に、彼はとても幸せそうな笑顔を見せてくれました。

彼は、ロケでここにいるようでした。
トイレ休憩のわずかな時間、彼の仕事のこと、私が旅先で事故に遭ってしまったこと、いろいろと話しました。
たった5分ほどの時間でしたが、会えなかった時間を埋めてくれるには充分でした。
そして、友人たちが揃って口にした「恋」を、私も確かに感じた瞬間でした。

『あー先輩!こんなとこにいたんだぁ。もう出ますよ!』

彼の後輩が、彼のことを呼んでいます。
その瞬間、彼の言葉が私の心を大きく揺さぶりました。

『あの。。また会えますか。。』

『来週からいますよ。今日はリハビリrideなんです。ロケ頑張ってくださいね』


その後私たちは、色々な場所で巡り逢いました。
コンサート会場、ふらりと入った居酒屋。大江戸温泉。
だけど、会釈して終わるくらいで、私たちの関係は、一向に変わりませんでした。
そのとき彼と一緒にいた女性が恋人なのか聞くきっかけもなかったし、私が一緒にいた男性を友達だと説明するチャンスもありませんでした。

恋に臆病になりすぎていたのかもしれません。
でも、ただ想っているだけのこの感情だったら、もう一度恋をしても許される、そんな気がしていました。

彼と出会ってから、1年が経った冬のこと。
あの人のご両親からの連絡が突然きました。
あの人が亡くなってから、もう3年になります。
「あなたには、もうあの子のことは忘れて、幸せになってほしいの」
あの人の墓前で、ご両親にいつも言われていました。

もう、誰にも恋をしないと決めていました。
誰かと近づくのを、極端に恐れて、バイクでの旅を続けていました。
でも、1年という長い間、同じ場所に留まったのは初めてのことです。
進まない彼との関係が、私をこの地に留めたのかもしれません。
お互いのことを知るには、たくさんの時間があったはずなのに、私たちはお互いのことをほとんど何も知りません。
ゆっくりゆっくりと、周囲の景色を楽しむように、恋をしていました。
そう、私は彼に恋をしてしまいました。


いつものように、彼に朝のコーヒーを渡したとき、私はプレゼントをすることにしました。

『ちょっと待っててくださいね。これオマケです』

透明の袋に入れた、小さな焼き菓子。
今日彼がコーヒーを買いにきたら渡そうと、昨夜焼いたものです。

『うわ。嬉しいです。このあとのミーティングで食べます。もう疲れて死にそうだから。ありがとう』

『きっと効きますよ。特製ですから』

私の想いが、届きますように。
そう願いを込めて、彼に笑顔を向けました。

焼き菓子の後ろには、メッセージを書いたシールが貼ってあります。

「しばらくバイク旅に出ます。つづきは、おみくじを引いてください」


◇◇◇◇◇

旅立つ前に、彼と初めて言葉を交わした神社にやってきました。

彼があのメッセージに気づいたら、きっとここに来てくれるはず、そう信じていました。

彼がいつも、おみくじを結くのは知っています。
彼はまた、大吉を引くのでしょうか?
その笑顔を想像すると、なんだかそれだけで幸せな気持ちになれます。

用意していた絵馬にメッセージを添えます。
彼は、気づいてくれるでしょうか?
もし気づいてくれたら、それが私と彼の縁なのでしょう。
気づかなかったらきっと、私たちはそこで終わり。

私もおみくじを引きました。

「大吉」

もう会えないあの人に、背中を押されたような気持ちになりました。もう、恋をしてもいいんだよって。

『理由があってバイク旅をしてきます。もし私のことを覚えていてくれたら、来年の大晦日にココで会いたいです。そして除夜の鐘を一緒に鳴らしましょう』


お互いの連絡先も知らない。
私が何を抱え、なぜバイク旅を続けるのか、彼はきっとこの先も私に聞くことはないでしょう。
でも、その曖昧な関係が、私たちを繋いでくれている気がしました。

大吉のおみくじを、絵馬の隣に結びます。

きっと彼は、この先1年、あのカフェでベーグルとコーヒーを注文するでしょう。
そして、ベーグルを温めるたびに、私のことを少しでも思い出してくれると、信じています。

まだ、ほとんど予定の書かれていない来年の手帳の1番最後。
12月31日の欄に、彼の名前とこの神社の名前を記しました。

きっと、会える。
この恋を温めるには、ベーグルを温めるよりも時間がかかります。
でもきっと、私たちはまた会えます。
そう信じています。


追記

池松さん、クリスマス金曜トワイライト、参加させていただきました。ありがとうございます。

池松さんの書かれた4本の小説の中から選んだ1作品をリライトするこの企画。
前回も参加させていただきましたが、前回はリライトというよりも、全体的なイメージを詩に変換するという形で参加させていただきました。
リライトに正解はないのだと思いますが、今回のクリスマス金曜トワイライトでは、もっと物語の見えない部分を、私なりに描きたいと思い、女性目線で参加させていただきました。

4本のうち、なぜこのお話を選んだのか。それは本当にインスピレーションでした。離れていても、いつか。そんな感情が私の中には強くあって、それをリライトさせていただくことができるなんて! と、この作品でどうしても書きたくなったのです。

池松さんの描かれた本編では、彼女自身の心は、会話とメッセージで表現されています。
その心の裏側、彼女はなぜバイクで旅をするのか、彼女が信じているものは? などを考え、このようなお話になりました。

離れていても、明確な約束がなくても、会いたいと真に願う人にはきっと会える。そう信じています。

池松さん、素敵な企画ありがとうございます。

2020.12.7

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#小説 #クリスマス金曜トワイライト

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百瀬七海
いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。