桜色は神色 友を偲びながら
友が旅立ってから、5年目の春。
その友は誰からも愛されて、とにかく純粋な人だった。
私はその友が旅立つ間際まで、一緒にいた。
ついさっきまで話していたのに、ちょっとうたた寝するかの如く、眠るように友は逝った。私は涙が枯れるまで泣いた。同じ時代を生き、時にはお酒を酌み交わし、時には朝まで飲んで語り明かした。お店にあるビールを友と二人全て飲んでしまったことは一度二度ならず。そんな友はみんなから愛されていた。
私は今日、桜を見ながら友を偲んだ。
その友は桜の花のような人だったと。
満開に咲いて、
人に力を与え、
そして潔く散る。
その姿、
潔く生き、潔く逝った友に似ている。
と、思い出に浸ってしまいましたが、
ちなみにその友達はなんせ人懐っこい人で、亡くなってからもあっちこっちに出没して、みんなを笑わせたみたいですよ。幽霊だとしても誰も怖くないというか、本人も幽霊という自覚はあまり無かったらしい。集合写真にピースして写ってたりもしたとか。
私の所にもやってきました。姿が見える訳では無かったんですけど、彼が来ると気配で分かる。花の香りがするんですよ。別に姿見せてくれても私は驚かないんですけど、あえて姿を見せなかったんでしょうね。
今思えば、それは彼の優しさだったんだと思います。
友を失った私の悲しみがあまりにも深すぎたから。
「死んでごめんね」と。
それでも来たかったんでしょうね。
なんせ、楽しい人だった。
私は彼が来ているのが分かると、
「ビール飲みにきた?また一緒に呑もう!」
と、冷蔵庫からビールを出してグラスに注ぐと喜んでいるのが分かるんですよ。まあ、それでも姿を見せないんですけれど、ね。
そっとグラスに乾杯し、語りかけると頷いているのも分かるし、笑っているのも分かる。
ただ、その頻度も段々と減ってきて、やはり四十九日を過ぎた頃には気配がなくなったんですよね。
ちゃんと逝ったんだなぁと、私も安心しました。
きっと彼も私と飲んで語るのが、楽しかったでしょうね。あ、よくよく考えると、3週間は毎日来てたかも。結局、よっぽどビールも呑みたかっんですね。まあ、そういうところもの憎めない人だったかも。
桜を見ながら、そんなことを思い出して、クスッと笑ってしまいました。もう、遠い思い出で、友も次の旅に向かう準備をしているのでしょうから。
今日、桜を見ながら考えてたんですけど、桜ってスゴいですよね。九州より咲き始め、日本を登って春を教えてくれる。そして、この国を薄ピンクに染めてゆく。
毎年毎年、桜が咲き、この時期から全てが躍動的になり、静から動へ移り変わってゆくような気がします。
私はこの薄ピンク花が神様なのかなぁと想っています。
ちょっと違うか、、、神様の意志というか、、、
人は桜を見ては様々な想いになり、時には慰められ、時には生きる力をもらう。
敷島ヤマトの地、ならではですけど、ね。
今日は亡き友を偲びながら、
そんなことを想った、、、