それは、本当に自分の中から出てきたもの?―西村佳哲さんにきく自分とのつながり方(前編)
これまで「働き方」や「かかわり方」をテーマに、さまざまな人にインタヴューをしてきた西村佳哲さん。それらをまとめた西村さんの著書に、影響を受けた人も多いのではないでしょうか?
2016年からは徳島県神山町での「神山つなぐ公社」の仕事をはじめるなど、「つくる」「書く」「教える」の3つに関わる仕事の領域をさらに広げられています。これまでエンデ作品も読んできたという西村さん。忙しい日々の中でどのように「じぶんの時間」と向き合っているのかを伺いました。
自分の時間には絶対的に限りがある。
−西村さんは、今どんなお仕事をされているんですか?
西村:たまに本を書くことがあります。年に何度かワークショップを開いていて、その主たるものはインタヴューのワークショップです。
その他に、ここ3年間大きくどどんとあるのは、神山町という町の仕事なんです。すでにある言葉で言うと「まちづくり」なんですけれど、「まちづくり」という言葉はフィットしていなくて。
移り住んだ町でたまたま出会いがあって、町役場と一緒に地域公社をつくることになって、その理事職をしながら、同僚たちとえっちらおっちら働いています。
―町のことには、どういう関わり方を?
西村:いろいろな分野があります。大きくは住まいをつくっていくこと、教育環境を整え直していくこと、仕事をつくること、あとは全体的なコミュニケーションです。その全体をみんなと実作業をしながら、舵取りを。
そうした町の仕事をしている時間がとても多い。理事なのでタイムカードはないから、どれくらい働いているのかなと時間をチェックしてみたら、多い月で300時間働いていました。ちょっと働きすぎです。
―今は、働きすぎだと感じられているんですね。
西村:仕事には、やれば片づいて終わる仕事と、やればやるほど増える仕事の2種類があって。普通のプロダクトデザインや商品開発には、発売やリリースのゴールがあるじゃないですか。でも、こうした町のことはエンドレスなので終わりがないんですね(笑)。
そういうことに気づいたのは、この仕事が始まって1年くらいたった頃なんです。働くこと自体は嫌いじゃないし、むしろ好物なので、やっちゃうんですけれど。
―プロセスをつくる側になるほど、全部に目を通さなくてはならなかったり、アイデアが生まれてきたときに、それを実行する人に伴走しなければならなかったりしますよね。そうした仕事については、どう感じられていますか?
西村:いろいろなものが錯綜しているんですけれど、人に話しているときの自分が笑っているので、悪いとは思っていないみたいです(笑)。
やればやるほど増えるのが最高とは思っていないけれど、いいと思っています。ただ、自分は仕事が好物なところがあるので、それで中毒というか、そこに依存的になるのはよくないなと思っています。
自分の時間には、絶対的に限りがあります。僕らには、この体しかないということも絶対的で。それ以外のことは融通がきくと思うんですけど、体と時間だけは置き換えられない。
それで、脳は勝手にバンバン活動していくし、下手をすると自分の脳の作業員みたいになってくる。そこは気をつけたいですね。自分が自分に厳しく仕事も出しちゃうし、無茶もさせるから、そこは脳との付き合い方をちゃんと考えないと。
本当に自分の気持ちとつながっているものなのか。
―脳とは、どういう付き合い方をしようとされているんですか?
西村:脳の中には、自分の中から湧いてでたものと外から注入されたものが両方混ざっていて、ちょっと紛らわしいんです。他人の欲望が自分の中に入ってしまうことがあるから、それが本当に自分の気持ちとつながっている「やりたさ」や「達成したさ」なのか、そういうところは気をつけます。
自分の経験を振り返ると、思考はけっこう変わるんですよ。新しいアイデアや他の見え方が入ってくると、「ああ」という感じで変わっていくことができるので。
「これはずっと飽きないな」「いくらでもやれるな」ということは、自分では当たり前にできてしまうことだから、能力とは捉えていなくて。でも、そんな風に自分の中に再現性のあるものは、すごく信頼するんです。だから、脳との付き合い方で気をつけていることの一つは、脳以外のところから出てくる自分の情報に敏感になっておくことです。
―脳以外のところというと?
西村:思わず手が伸びるとか、なんの苦労もなく続けられている自分がここにいる、とか。
僕は30代の中盤くらいに、仕事で年に3、4回海外に行っていたんです。飛行機に乗っている時間が大好きで。窓の外の雲もいいし、たっぷり考え事ができる時間があるから。
そのときにノートを広げて、何度も何度も描いているスケッチがあるんです。それは砂時計なのですが、後からそれをプロダクトとして作るんです。例えば、100人の子どもが生まれる時間の砂時計とか、太陽の光が地球に届く時間の砂時計とか、いろいろな時間の単位の砂時計を作っています。でも、そのスケッチを飛行機に乗るたびに、何度も描いているんです。ずっと描いていて、自分でも「まだ描くんだ」と思いながら。
そうやって自分の本気度というか、本当に自分の中から出てこようとしているものなのかを確かめている。
―そういうときにスケッチをするというのは、西村さんの方法論なのですか?
西村:砂時計は、実際に形があるものだからね。まちの施策とかになると、ちょっと違う。図にかくことはあるかもしれませんね。でも、キーボードではついていけない部分があって、紙にかきます。
「する」「される」を越えて、何かになっていく瞬間
―キーボードで打つと、脳が先に動いて自分の時間を追い越してしまう気がします。
西村:脳の中には、言葉が入っているんですよ。僕らの思考はだいたい言葉でできているんですよね。でも、言葉でとり逃すことがいっぱいある。それは詩的な意味ではなくて、例えば、自分がどれくらいのボキャブラリーをもっているかで、どんなことを言語化できるかが限られます。
『中動態の世界』という本は、ご存知ですか? 英語の動詞の活用形には、能動態と受動態がある。ざっくり言うと、「する」と「される」。でも、実際に僕らは「する」でも「される」でもない経験をいっぱいしている。
例えば、本気になってじゃれあって遊んでいるときは、遊んであげているわけでも、遊ばれているわけでもなく、一緒に「遊ぶ」になっているわけです。音楽を生で演奏するときにも、どちらがリードするとも言えなくて、一緒に音楽になっている。わかりやすい例でいえば、セックスもするのではなくて、一緒に何かになっちゃう行為で。
だから、能動態と受動態の「する」「される」には収まりきらないものが実はあるはずなんです。それが、ヨーロッパの諸言語をたどっていくと、そういうニュアンスを捉える中動態と言う文法体系があったらしいんですよ。
僕がインタヴューするときに、「インタヴューになったな」というのは、「今日はお話をきかせてくれてありがとう」や「話をきいてくれてありがとう」ではなくて、「今日はよかったね」という感じなんです。「一緒にいれたこの時間がよかった。よかったねぇ」みたいな。そのとき、主体のあり方がちょっと変わっているんですよね。
だから、言葉に頼って考え事をしたり、判断をしたりしていこうとすると言語に規定されてしまうので、非言語的な部分でどう自分とコミュニケーションをとっていくかも大事ですね。
―それを意識されているんですね。
西村:僕がこうやって喋っているときには、喋っている自分の声を自分も聞いているわけです。そうすると、その言葉に響きがあって、本当にこれはそうだなというウェイトがあるものもあれば、ちょっと軽くて心もとないものもある。そのことについての実感値が喋ってみるとわかる。だから、外から客観的に見ているというよりは、内側から客観的に見ようとしている感じです。
(後編に続く)
2018年11月3日-4日には、西村佳哲さんらのゲストを招いたプログラム「物語とわたしをめぐる旅ー秋の黒姫で、モモを語る2日間」を長野県信濃町で開催します。詳細はこちらから。
公式ウェブサイト:https://momopj.jp/