見出し画像

その人の物語を知り、一人一人と向き合う。がん研究会有明病院乳腺センター長・大野真司先生にインタビュー

※本記事は2017年11月に公開した記事の転載となります。

日本のがん医療を牽引する大野真司先生。ピンクリボンシンポジウム2017の講演後、大野先生にがん医療や患者さんへの思い、そしてピンクリボン活動に取り組まれる意義などを、モモが聞いてきました。

モモ:
大野先生、今日の講演では
医療の展望や承認予定の最新薬の話など、
今後のがん医療についてのお話が
とても勉強になりました。

大野先生:
みなさん治療を受けていたり、
治療を終えて普段の生活されていたり、
がんの経験者、
サバイバーの方々が多いと思いましたので、
今日は未来の話に重点を置いてみました。

モモ:
そうだったんですね。
大野先生は〝サバイバーシップ〟を
重視されていますが、
そこに至った背景を教えてください。

大野先生:
わかりました。
そうですね、昔はがんは、言い方は悪いですが、
切ってなんぼ〟みたいなところがありました。

そして患者さんについては、
入院中のことしか、考えられていなかったです。

モモ:
どのくらい昔ですか?

大野先生:
2000年ころまででしょうか。

医療者が見ていたのは、
手術して、無事に退院するまで。
再発したら抗がん剤も入院してやっていた。

病院の中での患者さんの姿だけが
医療者の目に入っていたんです。

モモ:
でも実際はそうじゃないですよね。

大野先生:
入院している時間というのは、
人生の中のほんのわずか。
あとはすべて社会の中で生活しています。

実は僕自身、
そういうことを気づくようになったのは、
体験者の方々と一緒に
活動するようになってからなんです。

モモ:
活動というと?

大野先生:
がんになった人と一緒に、
小学校を回る活動をやっていました。

モモ:
それは小学校のお母さんたちに
乳がん検診を勧める活動ですか?

大野先生:
そうです。
男の私が、しこりの話をしても
心に響かないですから。

でも体験者に
あなたはどうやって見つかりましたか?
という質問をして
お風呂に入っていてコリッと触れた
とか話をすると、伝わり方が全然違うんです。

それで体験者の方と一緒に
活動するようになったのです。

モモ:
その時になにかあったんですね。

大野先生:
体験者とお母さんたちのやりとりを
聞くことになるんですが、
それが初めて聞くことばかりで。

体験者がどんな思いで
がんと向き合っているかを知って、
その人の普段の生活や人生のことを
考えるようになったんです。

結局それが、海外で
サバイバーシップ〟と
捉えられていたものだったんです。

モモ:
それがきっかけだったんですね。

大野先生:
今、チーム医療に取り組んでいますが、
そこにもサバイバーシップが起因しています。

モモ:
どういうことですか?

大野先生:
チーム医療の勉強のために、
海外の論文などを片っ端から読みあさりました。

その中に、抗がん剤を受けている患者さんに
なにが辛いか」をヒアリングした
アンケート調査があったんですが、

モモ:
辛さって、大きく変わるものなんですか?

大野先生:
10年ごとで結果がまったく違っていたんです。

80年代は
副作用をはじめとした体の不調だったのですが、
薬が進歩した90年代は
不安や鬱など、心の辛さが出てきた。
2000年代に入ると、
家族や仕事のことへ辛さや心配が移っていったんです。

モモ:
辛さで変わってきた、と……。

大野先生:
そうなんです。
そして辛いことを、
なんとかしようというのが医療だとすると、
体の症状は主治医、
心の不安は看護師や心理士、
生活や家族のことはソーシャルワーカーや行政、
家の近くのかかりつけ医など、
自然と輪が広がっていきます。

モモ:
なるほど、
それがチーム医療に繋がっていくんですね。

大野先生:
とにかく片っ端から論文を読んだり調べたり。
すると、あらゆるところに書かれていることが
あったんです。

目的は患者の満足」だと。

モモ:
患者の満足!

大野先生:
一人ひとりが違う。
家族だって、
独身の人、
子供が小さい人、
孫がいる人、
いろんな人がいる。

その人たちの満足を達成しようとしたら、
本当に一人ひとりに合わせて
治療を変えていかなくてはならない。

そういうことがチーム医療そのものですし、
そのためには、その人の生活に
入っていかないといけない。
それこそがサバイバーシップだったんです。

モモ:
病気だけなく、人を診る、
ということですね。

大野先生:
そうですね。

モモ:
先生はピンクリボン活動に
主体的に関わっていただいていますが、
活動への思いをお聞かせください。

大野先生:
ピンクリボン活動は、歴史を考えると
70、80年代のアメリカで
乳がんで家族を失った人が、
同じように辛い思いをしないように
と始まったんですね。

決して、早期発見、早期治療だけが
ピンクリボン活動ではないんです。

モモ:
そうだったんですね。

大野先生:
はい。
乳がんで苦しむことのない社会を作ろう
というのが、ピンクリボン活動の根幹です。

そのためには何が必要かというと、
僕は〝知ること〟だと考えています。

モモ:
知ること?

大野先生:
知らないから、
不安になったりするのであって、
知ると、それが行動に移っていく。

モモ:
正しい情報を伝えることですね!

大野先生:
その中のまず一つの大きなことが、検診の大切さ。
乳がんの場合は早期発見することで
生存率が上がっていくわけですから。

モモ:
モモもそう思います。

大野先生:
加えて、先ほどの講演でもお話ししましたように、
今は11人に一人が、がんにかかる時代。
がんの進行に関わらず、
どのステージで見つかったとしても、
心も痛むし、生活も痛む。

そういう人たちを、
社会としてサポートするためにも、
正しいことを知ってもらうことは大事だと思うのです。

モモ:
がんとともに生きていく、というのが
今は普通の世の中になりつつありますもんね。

大野先生:
これからの医療は手術の方法も薬も、
どんどんよくなると思います。

今日のお話の補足になりますが、
その裏には、過去の臨床試験に協力した
海外の医師や患者さんの存在があります。

今では当たり前となった乳房温存の手術も、
昔は転移などの危険性が危惧されていました。
日本は1986年にアメリカの先生を招き、
初めて手術に成功しました。

温存が、切除を追い抜いたのが2013年。
状況によりますが、脇のリンパ節を残すことについても
数年の間に変わっていった。

みなさんには、
こういう医療の進歩を知っていただくとともに、
医療従事者の自分としては、
未来の医療に貢献できることを
残していきたいと考えています。

モモ:
大野先生の志、
モモはとってもうれしく思います。

モモ:
患者さんと向き合う上で、
大切にしていることはあるんですか?

大野先生:
そうですね。
心がけているのは「泣いて笑ってもらう」ことですね。

モモ:
泣いて笑ってもらう、ですか?

大野先生:
抑えていたものが出てくると泣くのですが、
そうして初めて笑うことができるんですね。

不安だとか、不満だとか、
自分で抑えていたものを放出できると、
少なくとも一歩は前に進める。

モモ:
なんかわかる気がします……。

大野先生:
医学の世界で「ナラティブ」という言葉があって。
これは、「その人の語り、物語」という意味で
使われます。

例えば抗がん剤治療を前にした患者さんがいて、
治療の前に、その人の物語を追っかけるんです。

その人のお母さんが
乳がんで亡くなって寂しい思いをしたから
自分も子どもには同じ思いをさせたくないとか、

お姉さんが抗がん剤治療で苦しい思いをしたから
治療に対する抵抗感があるとか、
それを医療者として、事前にキャッチしておくんです。

モモ:
その人の物語を知る……。

大野先生:
普段の診療の中でキャッチできていると、
その患者さんには、どのタイミングでどんな風に
話せば良いか考えるようになる。

そして、それを知って話をすると、
抗がん剤治療を受けたい、
受けたくないという話になっても、
医療者も、その気持ちに共感できるわけです。

モモ:
医師が共感することで、
患者さんは泣いて、次に向かう準備ができるんですね。

大野先生:
そのことができていない医者は、
なんでこんなに効果があるのに受けないんだ」とか、
え、効果がないのに
 なんでこの治療法を受けたいって言うんだ

となっちゃう。
自分の意見と違うじゃないかって。

モモ:
コミュニケーションって大切ですね。

大野先生:
でも、
本当は受けるべき治療なのに
受けないことによって
再発率が高くなってしまうのは 良くないこと。

だけどその人がなんで受けたくない
ってことが理解できていると、
お話をするときに、話ぶりが変わりますよね。

まあ、そういう僕も、
以前は患者さんの気持ちがわからなくて
苦労しましたが。

モモ:
え、先生が?

大野先生:
はい。昔の僕は「だ・か・ら外来」です(笑)。

なんで患者さんが治療を受け入れてくれないのか
わからなくって、いつも「だ・か・ら!」って
何度も説明を繰り返していました。

モモ:
想像がつきません。

大野先生:
ある時、いつものように
だ・か・ら!
って言おうとしたんですけど、
どうしてですか?
って聞いてみたんです。

そうしたら、その患者さんは、
子供の卒業式と入学式があるから
入院や手術のタイミングをどうにかできないか、
って話されて。

モモ:
衝撃ですね……。

大野先生:
ああ、僕が話をしている間、
この人はそんなことを考えていたのかって。
それからコロッと変わって、
聴くようになったんですね。

モモ:
そうだったんですね。

先生、最後に
サバイバーの方へのメッセージをお願いします。

大野先生:
先ほどの話にも通じるのですが、
やはり正しい情報を知ることだと思うんです。

今は情報が氾濫していますから、そうすると
混乱もするし、間違った情報にも進んでいったりする。

モモ:
インターネットの一長一短ですね。

大野先生:
間違った情報に進んでいかないためには、
まずは医療者と話し合うこと。

モモ:
医療者と信頼関係を作っていくことですね。

大野先生:
とりわけ乳がんは、
意思決定の場面が多い病気。

切除と温存、再建する、しない、
そして抗がん剤をどうするかなど、
選択肢がたくさんある。

モモ:
確かにそうですね。

大野先生:
最後には自分で意思決定をしなくちゃいけないので、
そのためには自分も勉強しながら、
医療者のサポートを受けて、
正しい選択をしていくことですね。

モモ:
難しいことですけど、
それをサポートするのも、
ピンクリボンの活動の一つですね!

大野先生:
乳がんについて知らない人に伝えること、
そして乳がんになった人に正しい情報を伝えることも
ピンクリボン活動の大事な役割です。

なので、モモもお手伝いよろしくお願いしますよ!

モモ:
はい、モモも頑張ります!