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骨巨細胞腫の手術とその後の話

これは、私が骨盤にできた骨巨細胞腫と闘った記録です。同じような状況に直面している方々の参考になれば幸いです。

結論

現在の状況:

  • 経過観察中: 国立がん研究センター東病院で手術を受け、腫瘍の除去に成功しました。

  • 回復: 4か月間の松葉杖によるリハビリを経て、再び歩けるようになりました。

  • 現在の生活: 手術から2年(リハビリ終了から1.5年)経った今は、日常生活に支障はなく、子どもたちと公園で鬼ごっこも楽しんでいます。骨巨細胞腫の再発もありません。

  • 制限事項: 激しいスポーツは痛みがあり、難しいです。フットサルやテニスは厳しいかもしれません。医師からは止められていないので、今後の回復に期待です。

学んだこと

  • MRIを撮ろう: X線では分からない病気もあります。2〜3か月続く痛みや違和感があれば、MRIで白黒はっきりさせた方が精神的にも楽です。

  • 腫瘍マーカーだけでは不十分: 骨巨細胞腫は一般的な血液検査の腫瘍マーカーでは検出できません。

  • 感謝の気持ち: 優秀な医師だけでなく、質の高い医療を受けられるこの国の環境にも感謝しています。

骨巨細胞腫とは?

医師から説明された内容です:

  • 骨の中で成長する腫瘍で、進行すると骨折に至ることもあります。

  • 30〜40代の若い世代に多く見られます。

  • 指、肘、膝などの関節周辺に発症しやすいです。

  • 多くの場合は良性ですが、完全な良性ではないため「中間腫」と分類されます。

  • 一部のケースで悪性化する可能性があるため、注意が必要です。

  • 健康診断で行う一般的な腫瘍マーカーでは発見できません。

私の治療の記録

最初の違和感

  • 2021年 夏: ランニング中に腰に違和感を感じ始めました。1kmほど走ると痛みが出て、「調子が悪い時期もあるだろう」と特に気にしませんでした。

痛みの悪化

  • 2022年 1〜2月: 痛みが強まり、整形外科を受診しましたが、X線では異常なし。「リモートワークで筋肉が固まっている」と言われ、理学療法士の指導を受けました。

忙しい日々と見過ごされた症状

  • 妻が第二子を妊娠し、つわりがひどく、長女(当時2歳)の世話も私が担当。仕事と家庭の両立で多忙を極め、深刻な病気とは思いもしませんでした。

整骨院での発見

  • 2022年 7月:整形外科での治療に改善が見込めないので、評判の良い整骨院へ行きました。4-5回の通院をしました。

  • 整骨院の先生の一言: 「痛みがなかなか取れないのはおかしい。総合病院で検査してみては?」この助言が、私の命を救うきっかけとなりました。

MRI検査と腫瘍の発見

  • 総合病院でMRIを受けた結果、「腫瘍の疑いがある」との連絡がありました。翌日再受診し、骨巨細胞腫の可能性が高いと診断。

  • 国立がん研究センター東病院の紹介状をもらう。

回想:
この時が一番苦しかったです。MRIで見せてもらった腫瘍の影がものすごく大きく、妻と娘を残して死ぬのかなと思いました。腫瘍であることを妻に告げると、彼女は泣いてしまいました。

国立がん研究センターは平日のみしかやっておらず、土曜日に紹介状をもらった私は心にモヤモヤを抱えたまま月曜日を待ちました。月曜日に電話をかけても「最速で1週間後の予約が取れます」と返されてしまい、「死ぬかもしれないのに1週間も何もせず待つのか…」と、かなり落ち込みました。
幸いにも紹介先の先生が気を利かせて、3日後の診察に早めてくれました。この後、私の命を救ってくださる先生なのですが、本当に感謝しかないです。

国立がん研究センター東病院での診断

  • CTとMRIの結果、生検で「骨巨細胞腫の中間腫」と確定しました。悪性ではないが、悪性化のリスクがある腫瘍とのことでした。

回想:
結局、病名が確定したのは初診から3週間後くらいでした。治る見込みがあると教えてもらった時は、すごく嬉しかったです。
しかし、まさか33歳で腫瘍になるとは思いもしませんでした。

国立がん研究センター東病院

手術前の治療

  • ランマーク皮下注射: 骨を強化し、腫瘍の進行を抑えるため、月1回の注射を受けました。私の場合、非常に効果があり、腫瘍の多くが死滅しました。

  • 私の腫瘍は非常に大きくなっており、骨の表面がたまごの殻のように薄くなっていたそうです。手術すると骨が割れてしまうため、半年かけてランマークで骨を強くしていく計画です。

回想:
2回目のランマークが終わったあたりから、痛みが緩和してきたのを覚えています。多少は痛いながらも、子供とたくさん公園で遊ぶことができて嬉しかったのを覚えています。久々に走れた感覚がありました。

また、この頃になるとメンタルも持ち直してきました。痛みが引いてきた実感から「あ、これは助かるかも…」と思うようになりました。

手術と入院

  • ランマークの治療を継続して5ヶ月後、手術のため入院をしました。

  • 手術内容: 腫瘍部分を掻爬し、空洞部分に人工骨を詰める手術を受けました。

    • 掻爬(そうは)とは、癌細胞を掻き出して取り除く手術のことです。

    • 空洞になった骨の中に、カルシウムの綿を大量に詰め込み、それが骨になって固まるのを待つことになります。

  • 手術は約5時間、私のガンはとても大きかったので、かなり長丁場の手術となりました。

  • 術後は高熱っぽい症状と痛みで辛い時間を過ごしました。

回想:
術後の痛みが辛かったのをよく覚えています。痛み止めが点滴されますが、それでも痛かったです。手術で大量に出血したので、1週間以上は微熱のような状態が続きました。何かを考えようとすると頭が痛くなってくる感じです。

術後の入院生活

  • 2週間ほど入院しました。

  • リハビリ: 車椅子から松葉杖、最終的に自力歩行へと段階的に回復。

    • 腰の骨が固まるまで数ヶ月かかるため、手術した骨盤に負荷をかけることを禁止されていました。

    • そのため病院内の移動は車椅子で。

    • 退院後は松葉杖の生活なので、毎日のリハビリ1時間は松葉杖の訓練をしました。

  • なかなか入浴の許可が出なかったので、かゆみに悩まされていました。Nintendo Switchでゲームをしながら気を紛らわせていました。

こんな感じの入院生活

回想:
10日ほどシャワーを浴びれなかったのがとても辛かったです。痒みが出てきて、それを紛らわすためひたすらゲームをしていました。Nintendo Switchの有機ELモデルを持っていて良かったです。

それ以外にも辛かったこととしては、ここが国立がん研究センターということでした。お年寄りの、もう先の長くない入院患者さんが結構いて、それが目に入るのがきつかったです。

退院後

  • 介護ベッドを妻に手配してもらっていました。

  • 腰の可動に制限があるため、2-3ヶ月ほどは介護ベッドが必要な生活を送りました。

レンタルした介護ベッド

あれから2年

仕事に復帰できており、定期的にオフィス出社もできるくらい体力が戻っています。大好きなランニングはまだできないので、オフィス勤務の時はバスに乗らず駅まで歩いています。

骨巨細胞腫の再発は確認できておりません。数ヶ月に一度、MRTとCTのフォローアップが続いています。たまに「もし再発したら」と思うことはあります。育児・仕事で忙しいのは変わらず、思い出したとしても忙しさですぐ忘れてしまいますが。4年経過すれば再発確率がぐっと下がるらしいので、それまでの辛抱です。

はやくランニングを再開したいものです。

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