〜ここにはないもの〜 #8
書斎のドアは少し開いていた
いや正確にいうと、
建て付けが悪くなって閉まりきらなくなったというべきだろう
僕は隙間から部屋を覗いた
(親父…?)
窓からのかすかな月明かりと
黄色い常夜灯だけの薄暗い部屋で、
親父は椅子に座り、"何か"を眺めていた
その"何か"はすぐにわかった
〇〇:(母さんの写真だ…)
決して見えたわけではない
だけど…
親父の表情をみて母さんの写真だとわかった
〇〇:(親父…)
コンコン
覚悟を決めて部屋をノックした
親父:はい…
返事を確認して部屋に入る
親父は持っていた写真をそっと机に置いた
親父:〇〇か…どうした?
〇〇:こっちのセリフ…風邪引くよ…
親父:すぐ布団に入って寝るよ
〇〇:そう。あのさ、食欲ないの?
親父: ……
〇〇:もう少し食べた方が良いとおもう
親父: ……
〇〇:あやめも心配してる
親父:あぁ……そうか……
気の抜けた返事が返ってくる
心ここに在らず
という言葉が今の親父にはピッタリだった
でも親父の気持ちはわかる
だって、僕も同じだったから…
でも僕は大丈夫。
だって、
??:〇〇くんっ…!!!!
サヨナラ言わなきゃ…ずっとこのままだよ…
帰ろう。
私も一緒に行くから…
大切な人が支えてくれたから
だから、
今度は、僕が…
僕は書斎の入り口側の小さなイスに腰掛けた
〇〇:葬式いけなくてごめん
親父:仕事で忙しかったんだろ、仕方ないさ
〇〇:ちがうんだ…
親父:うん?
〇〇:どういう顔して帰ってきていいか分からなくてさ…気付いたら葬式、終わってた…
親父:そうか…
〇〇:ごめんなさい。
親父: ……
親父:母さんが倒れる日の朝…
〇〇:う、うん
気まずい空気が流れる中、
親父が窓の外を眺めながら話しを始めた。
親父:あの日…母さん機嫌が良くてな
〇〇:へー
親父:なんでだって聞いたら、
〇〇:うん。
親父:久々に〇〇が夢に出てきたんだーって喜んでたんだよ!
〇〇:そうだったんだ
親父:あぁ…あの時の笑顔が忘れられなくてなぁ…
〇〇:うん、そうだったんだ…
親父:ごめんな。こんな話を…
〇〇:ううん、いいんだよ!
窓の外を見る親父の顔は見えないけど
月明かりに照らされて時折、雫が光っていた
親父:どうして俺じゃないんだ…
どうしてあの時、隣にいなかったんだ…
〇〇:親父…
親父:分かってはいるんだけどな、ふとした時にそう思ってしまう自分がいるんだよ
〇〇:もし…
親父: ……?
〇〇:そんなこと考えたくもないけどっ…もし逆だったら…お母さんも同じこと言ってると思う
親父:〇〇…
〇〇:お母さんは親父のこと大好きだったからっ!
見晴らし台で親父が登ってくるのを眺めてるのが好きだって…そう言ってたから…
親父:そうか
〇〇:見晴らし台は大切な思い出の場所だって…
親父:っ!!
〇〇:あ、ごめん…言いたいことばかり言って…
親父:いや…〇〇、ありがとう
〇〇:うん。
親父: ……
〇〇: ……
親父:息子と娘に迷惑かけてたら、母さんに怒られちゃうな。
〇〇:あぁ、そうだよ
親父:明日、あやめにも謝らないとな…
〇〇:うん。
親父:俺は素敵な家族に恵まれてる、ありがとう。
〇〇:あぁ、おやすみ…
親父:〇〇っ!!ちょっとまて…
〇〇:え?
部屋を出ようとしたが、親父に止められた…
向き直ると目は赤かったけど、親父は真剣な表情をしていた
親父:遠藤さんいるだろう
〇〇:あ、うん。
親父:これからどうするんだ?
〇〇:どうするって…明日墓参りして…
親父:ちがう。
〇〇:え
親父:それよりもっと先のことだ。
〇〇: ……
親父:考えてないなら、
〇〇:考えてる…母さんが倒れたあの日、本当はプロポーズしようとしてたんだ。
親父:そうか。
〇〇:それどころじゃなくなったけど…
親父:それは、、、すまなかったな。
〇〇:(首を振り)誰も悪くないから…
親父: …そうだな
〇〇:うん。
親父:それで、どうするんだ…
〇〇: ……どうしたらいいか…
親父:ちがうな
〇〇:え?
親父:本当は決まってるんだろ…
〇〇:それは…
〇〇: ……。
僕はありのままを親父に伝えた
親父は『わかった』と言って頷いていた。
親父:〇〇。
〇〇:なに?
親父:"そばにあるしあわせより、
遠くのしあわせ掴みなさい"
〇〇:それ…
親父:うん?
〇〇:母さんにも言われたことがある。
親父:あぁ、そうか笑
〇〇:なんなの、その言葉?
親父:母さんがアイドル時代に最後にうたった歌だ
〇〇:歌なんだ…
親父:あぁ、そして…
〇〇:??
親父:お母さんの1番好きな歌…
〇〇:そうなんだ、知らなかった。
親父:自分の歌だからな、恥ずかしかったんだろ笑
〇〇:きっとそうだ笑
明日…墓参りに行ってくる。
親父:あぁ、いっておいで。
俺もいつもの生活に戻さないとな。
〇〇:うん、それがいいよ。あやめも安心する
親父:よし、寝よう。
〇〇:うん!
親父:おやすみ
〇〇: ……
〇〇:ねぇ、父さん…
親父:うん?どうした?
〇〇:母さんの1番好きな歌…
親父:うん。
〇〇:なんてタイトル?
親父:あぁ、それはな、
〜ここにはないもの〜 #8
〇〇:ここにはないもの…
親父:あぁ、そうだ。
〇〇:ありがとう、
親父:今度、聞いてみたらいい。
〇〇:うん、そうする。おやすみなさい
親父:あぁ、おやすみなさい。
#9