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叶えられた夢(1.別れ)
薄暗い畳のかびた臭い。
冷たい空気。
全てが鼻にまとわりつく。
襖の外はいろいろな人の足音が飛び交い、賑わっている。
この襖を開けたら、俺はこの感情を置いていかないといけない。
今少し、ここに居たい。
オカン。。
襖の外の世界に俺はついていけない。
雨戸を締め切った窓の外から橙色の光の筋が見える。
ああ、日が暮れるのか。
俺はようやく息を吐いた。肩が震え出した。
背中に薄い毛布を被せてもらっている気分だ。
オカン。。
もうこんな時間だ。ようやく俺とオカンの時間を刻める。
あの時からあっという間だった。
そうあの時。
この光は
病院の窓から指す目が痛くなるほどの朝日だった。
ベットにおかんがいる。
横でおばちゃんが大声をあげて泣き叫んでいる。
学生服を着のみ着のままであったろう妹が横で突っ立っている。
「おい、おばちゃんを慰めてやれ。」
俺は此の期に及んで何も語らない何も動かない妹に少し苛立った。だから指図した。
「おばちゃん、元気出して。。。」
妹はおばちゃんの肩に手を当ててそのままじっとしていた。
ガラガラ。。
病室にあいつが来た。
動かなくなったおかんは看護師によって移動され、すでにあいつが手配済みの人たちとまるでこの時がわかってきたかの様に話をつけていた。
もぬけの殻となったベットをあいつが徐に漁り出した。
「何か、遺言状とか残していないか」
俺は腹の底に鈍い重みを感じ、肩が勝手に震えた。
あいつは俺の方に向かってきた。
「お前が喪主だ。わしの会社関係の人もみんな弔問に来る。立派にしろよ。」
俺は大きく息を吸った。そして目を瞑った。肩の震えが止まった。
<かずちゃん…>
オカンがまだ俺の右肩にいるのを感じた。
「ああ。わかっている。」
俺はあいつにそう答えて右足を一歩踏み出した。
そして今。
俺はここにいる。
息を吸って肩をいからせたまま、葬儀屋、客やご近所のお手伝いの方、あいつの会社関係の人たち、人並みに揉まれ、ことを進めてここまできた。
この一筋の光を感じるのにどのくらいたったのだろう。
もう一度大きく息を吐いた。
オカン。。
襖がガタッと開いた。
「お兄ちゃん、会社の人が。。。もうそろそろお膳を片付るころだから、、来てって。」
「ああ。今行くよ。」
俺は答えた。襖の外の世界に行くのか。
大きく息を吸った。
右足を立て、腰を上げた。
襖を開くと、俺が思う以上の色々な大きな声が耳をさした。
もう肩の震えは止まっていた。
廊下を渡り、大広間の襖の前に来た。襖を開けると一際大きな声が部屋中に広がっていた。
「カズさん、カズさん。こっち!」
奥の方から町内会長が俺をよぶ。
俺は彼の方に足を運んだ。
「この度は大変やったな。お母さん、あんなに若くて元気だったのに。」
「母の生前には、会長さんには色々おせわになりました。」
「あんた、今東京でしょ?まだ学生さんやったな。」
「はい、大学3年です。」
「もちろん、こっち戻って来るのでしょう?お父さんの後を継がないとね。お母さんもそれを望んでいるはずだよ。」
一瞬俺の右肩が強張った。
ずっと息を吸って、口角を上げた。
「カズオさーん!」その時、左後ろから声がした。
「ま、会長さんも達者で。これからもよろしく頼みます。」
俺は会長にそう告げ、背を向け、さっさと呼ばれた方に向かった。
呼ばれた先は地元大手の銀行の支店長。あいつの会社の融資元。
その次は母方の親族の家長。
高校時代の恩師。
校長先生。
あいつの会社の支配人。
その次は…
目まぐるしく呼ばれ挨拶をする。
ふと見ると、妹が後ろの方で座っている。
小さい頃からよく遊んだ従兄弟連中とニコニコ話をしている。
俺は少し息を吸って深く吐いた。
そして妹を背にして、俺は俺を呼ぶ声の方に向かった。
ようやく挨拶周りもおさまった。
少し間が空いたところで大広間をでた。
電話をし、ビジネスホテルの予約をとった。
「カズオさん、会もそろそろ終わります。みんなに挨拶を。」
「はい、今行きます」
呼ばれるまま大広間に戻った。
広い会食場ははずらっと4、50人が思い思いの席にいる。あたりは飲み食いした後が残り、お酒とタバコの臭いが入り混じっていた。
俺は床の間がある方に立ち、マイクに向かった。
「今日は皆さん、母のために足を運んでいただきありがとうございます。また、母に対し生前お世話になり本当にありがとうございます。…」
一通りの挨拶を終え、葬式後の会食は終わりを告げた。
皆ゾロゾロと帰っていった。
親族が残り、あいつが会場に来た。
「カズオもあやのも家に帰って今後のこと話し合おう。」
「俺、明日大学ゼミがあるから朝一番には戻らないといけない。なのでこれで失礼するわ。」
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叶えられた夢(別れ〜父さん)
母の葬式に親族代表として喪主を務める 周りからの期待を背負い弔いにきた人々に挨拶をする「かずお」 母との思い出も周りには悟られぬよう周りに…
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