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叶えられた夢(2.父さん④)

(前回のお話はこちら🔻)


(今回のお話はここから🔻)

ジリジリジリジリ!

これは。。目覚ましの音?
目を開けた。

目の前に天井が広がる。
板の模様が雲のような形。
見慣れた天井。

仰向けになっているのか。
ここは。。どこだ。。

頭を横にした。
シーツの匂い。
ベットの上だ。

もう一度仰向けになった。
天井が見える。
本当に天井だ。。

そうこれは、、
俺の部屋だ。

ジリジリ…
なり続ける目覚ましに手を伸ばした。
あ!
人間の腕!

俺の腕だ!
目覚ましを止め、自分の手を見た。

戻っている。

左手の窓から光が差し込む。

俺のうちだ。
俺の部屋だ。

戻っている。

ベットに肘をつき、ゆっくり上半身を起こした。

よかった。。。

俺の部屋だ。
俺だ。
俺に戻っている。

両手を大きく広げて天井に伸ばした。
伸びた。伸びた。
上半身を思い切り。

胸が広がって気持ちいい!

ベットから足をだした。

両足を床につけた。

立てるのか。

思い切って腰を上げた。
よし!
両足で立った。

右足を出す。
左足を出す。。
よし、歩ける。

そりゃあ、そうか。。

部屋の入り口にむかい、
扉を開けた。

俺の家。俺の家の中だ。

ふうううううう。。

大きく息を吐いた。

カチャカチャ、
ジャー!
キュッ!

リビングの奥の台所から音がしている。
オカンか?そんなわけはないか。。

ゆっくりと、台所に向かった。

台所の入り口から、妹の姿が見えた。

妹はご飯を食べている。

「おはよう」

俺は妹に話しかけた。

「・・・・おはよう・・」

妹はご飯を食べるのをやめ、うつむきながら俺に返事をした。

愛想がない。。
まあ、いつもの妹か。

妹が着ている制服。。
高校の制服だ。
そうだ、高校受かったのだった。

しかし。。コイツ、太ったなあ。
太いというか、ゴツい感じだ。
あんなに太かったかなぁ。

そうか、目が覚める前まで小学生の妹を見ていたから落差を感じたのだろう。

俺はモグモグ朝食を食べる妹をしばらく眺めた。

しかし、、、
犬になるなんて。。。

俺は自分の椅子をひき、座った。

「あら、かずおちゃん、おはよう。今日から初出勤だね。」

流しからおばさんが出てきた。

オカンが亡くなってから、月に2回か3回うちに来てくれているんだった。

え?初出勤?。。。
俺はまだ混乱している。

横を向き足を組み換え肘をつく。

ふう。
息を軽く吐く。

えっと。。

ああ、そうだ。

今日は初出勤。放送局だ。
あいつの口利きでの内定が決まった。
俺は大学を卒業してここに戻ってきた。

本当は東京にいたかった。
役者になりたかった。劇団にも所属し勉強もした。
オカンが生きていれば。東京に来てもらいたかった。。

しかし、もうオカンもいない。

地元に帰ってくれるのなら放送局紹介してやるとあいつに言われて戻ってきた。

なんだか、整理するうちに胃の中がモヤモヤしてきた。

ああ、本当に戻ったんだな。俺に。。

「初出勤の報告。お母さんに報告しないと。お墓行ってあげて。ほら、あやのちゃんも一緒に。」

おばさんが話しかけてきた。

「え。。う、うん・・・」
妹はだるそうだ。

墓参りか。。
オカンの墓。
近くの山の墓地にある。
あいつがあの墓をたてたんだよな。。

俺と妹は座ったままじっとした。

「ほら!そうでなくても2人ともお墓参り行っていないでしょ?お母さんが山からあなたたちを見守っているのよ。感謝しないと。」

おばさんの声の力が強くなった。
こうなるとおばさんは一歩も引かない。

「わかったわかった。行こう、あやの」
俺は立ち上がった。

「うん。。」
妹は重い腰を上げた。

玄関に出ると、俺の革靴と妹の革靴が揃えてあった。
おばさんが磨いてくれたのだろう。

靴を履き玄関をでる。

キイ。。
門を開け、左に曲がる。

門を出たらなぜだか心が躍った。
そうそう、こいつを引っ張って駆けたんだった。
左後ろを俯きながら歩く妹を見た。

へっ
なぜだか吹き出しそうになった。

小料理屋の前に通った。
看板の色が違っている。お勝手口をのぞくと青い布ののぼりが見える。
『寿司』…?

「あれ?ここ、、小料理屋じゃなかったか」

「あ。。。お兄ちゃんが大学の時になくなった。お寿司屋さんになったよ。」

「そうか。。小料理屋なくなったのか…」

保健所の人たちに囲まれたあの時の感覚。
思い出しただけで腕の皮膚がヒリヒリする感覚だ。

元小料理屋の前を通り過ぎ、俺たちはオカンが眠る墓地に向かった。
この墓地は小高い山の斜面にある。

山の麓の花屋に着いた。
ここは一軒家で広い玄関口に花を置いてある簡素な店だ。
店には誰もいない。

ブーーーーーーッ

妹が呼び出しのブザーを鳴らす。
「はあい」
奥から声が聞こえた。


襖から手が見えた。

シュッ

襖が開き、店の奥さんが出てきた。

「いらっしゃいませ」

「お墓に飾る花をください。対で。」
「はいはい、800円になります。」
俺は財布から札を取り出し奥さんに支払った。

「すみません、バケツと柄杓お借りしていいですか?」
店の外から妹が奥さんに声をかけた。

「ああ、どうぞ使いください。あ、水も入れますよね。ちょっと待って」

奥さんは俺にお釣りを渡すとすぐに店の外にゆっくり出た。

水道の蛇口栓を取り付けた。
「はいどうぞ。」

「ありがとうございます」

シャーーーーーーーーーーーーー!

妹は蛇口を捻りバケツに水を張った。

ここでいつも花を買い、バケツを借り、水を入れて墓に向かう。
墓参りのルーティンだ。

俺と妹はバケツと花を持って歩いた。

オカンの墓は山の中腹にあった。

ふう。。ふうう。。

妹の息が聞こえる。

確かにこの墓地は結構な急斜面ではあるが、、
妹は相変わらず体力がない。

ようやくオカンのお墓に着いた。

「草ぼうぼうだね。。」

「お前、墓参りサボっていただろう。」

「うん。。草ぼうぼうだもん。。」

墓参りサボるからだよ。
そう言いかけたが、また、いじけられても困るのでやめた。

「とりあえず草取るか。おれは手前で、お前は奥と墓の後ろな。」

「うん。。」

俺と妹は草抜きを始めた。

春先なので枯れ草がほとんどだが、新緑の雑草たちはもう10センチはある。

ひっぱるが、なかなか手強い。
根の部分は諦め、葉っぱと、枯れ草を取り除いた。

その時。

「うわあああああ!!!」

妹が後退りながら俺の横に来た。
いつになく大きな声だ。

「お、お、お兄ちゃん。。あれ。。」
声が震えている。

なんだ?
また大きな蜘蛛か?
あれはおれも苦手だが。。

妹の視線の先をみた。

墓の横の草の茂みに何かが見えた。

え。。

あれは。。
俺は近寄った。

「なんだ?」

犬?
そう犬だ。
犬が横たわっている。

「うん。。草抜きしようとしたら。。びっくりだよ。。犬が…」
妹の声がまだ震えている。


この犬。。寝ているのか?

いやちがう。。。


死んでいる。。

あれ?。。。
俺は横たわる犬に近づいた。

薄汚れているけどい白地に茶混じりの毛の色。
お腹に傷の跡。


え、、
俺は目を伏せた。

いや、そんなバカな。
やけに小さいし。

いや、でも。。。

もう一度、犬をみた。

父さん!

そう!
父さんだ!


俺は後ろでずっと震えている妹に話しかけた。

「なあ。」

「な、なに…?」

「お前が小さい時に飼うって言った、あの迷い込んだ犬。。」

「うん、チョコ!」
妹の反応が早い。

「あれって。。」

「うん、お兄ちゃんが大学で東京にいる間、死んじゃったよ。」

「そっか。。どのくらい生きていたんだろう。」

「迷い込んだ時いくつかわからなかったけど。5年はうちで暮らしていたよ。最期フィラリアになっちゃって。。」

俺は横たわる犬に目を向けた。

あの時、俺を…
いや、チョコを救ってくれた父さんだ。
間違いない。

痩せこけているが、腹の傷以外どこも外傷はない。
そして、ゆっくり眠っているようだ。

妹はだんだん父さんに近づいてきた。

「この犬、、なんだか幸せそうだよ。微笑んでいるみたい。」


「はっ、お前は。。何をわかった風なことを!」

俺は思わず言い返した。

妹は口をつぐんだ。

ふと、背中に人の気配を感じた。
立ち上がり振り向くと花屋の奥さんが立っていた。

「あの。。」
奥さんが話しかけてきた。

「もしかして、ここの墓のお身内さん?」

「はい、そうです。実は犬が。」

「え?…犬?ちょっと失礼していい?」 

「あ、はい。」
俺がそう答えると、
奥さんは妹の横を通り過ぎ、俺の横に来た。

「ああ。。。ああ。。お前。。」
奥さんは父さんの前に座り込んだ。

「とうとう、、、そうかい。。とうとう。。」
父さんに手を合わせている。

「少し前から食べなくなったものね。。お前。。」
ずっと呟きながら手を合わせている。

「この犬、知っているんですか?」

奥さんは立ち上がり、俺の方を向いた。
「ええ。ここもひと頃はもっといっぱい犬がいて。。
この山奥の茂みにいたみたいなの。
当時は危なかったけど、保健所の野犬狩りでだいぶ減って。。
こいつだけ残ったみたいなのよ。」

「そうですか。。」

「この犬は2年くらい前から、、
そう!そのお墓が立った頃から、
ここでずっとおとなしくしてたのよ。」

オカンの墓に?
父さんが?

「ここは、このお墓さん以外、まだ両隣にお墓さんはないし、奥は未整地だから、こいつにとってはいい具合に隠れ家になったんだろうね。。」

花屋の奥さんが父さんの方に向き直した。

「本当は保健所に通報したほうがよかったんだけど、
犬はこいつだけになったようだし、
年寄り犬だったし、
ここでいつもおとなしくしていたし。。
墓参りする人もみんな微笑ましくみていたよ。」

そう言いながら、奥さんは雑草の青い花をちぎり、父さんの前にまた座った。
「決して愛想はよくなかったけど、穏やかでね。。
そうね、、なんだか。。ここの守神のような気がして。。
ご近所から苦情が出ない限りは私も黙っていたんだよ。」
青い花を父さんに手向け、
もう一度手を合わせている。

後ろで妹も手を合わせている。

奥さんは立ち上がり、俺の方にまた向き、そっと耳打ちした。

「実は…ご飯とか時々あげたりしてね。。」

「クク。。」
妹が思わず吹き出した。

「でも、どんなに餌付けしても、
決してここから動こうとはしなかったよ。。」

「この犬、これからどうしますか?」
俺は尋ねた。

「あ、ごめんなさいね。怖いよね。」

「あ、いえ、そう言う意味ではないです。焼いてあげた方が、供養した方がいいのかと思います。」


「うーん、どうしようね。ちょっと主人と相談するわ。おそらく保健所に連絡すると思うから。それまでここに置かせてもらっていいかい?」

「もちろんです。母のそばにいてくれたのですから」

「ありがとう。そう、お母様の。。」

奥さんは父さんの方にまた向いた。

「お前。よかったね。本当に幸せそうな顔してるね。苦しまずに死んだのかね。よかったね。お前。」
そう言って、俺たちにお辞儀をして去っていった。

それから俺たちは墓の古いお花を取り出し、水入れを軽く洗った。
新しい水をいれ、そこにさっき買った花を飾った。

オカンの墓に水をかけた。
2人で墓に手を合わせた。

父さんも横に眠っている。

手をおろし墓を見つめた。

俺は軽くうなづいた。
「おい、行くよ。」
バケツを古い花と柄杓を入れたバケツを持った。

妹が父さんにちょこっと手を合わせているのが見えた。

俺をみて、犬の方を振り返りながらもそそくさと黙って俺の方に向かった。

俺は背を向けた。
父さんにもオカンの墓にも背を向けた。

目の前に。。
遠くに海が見える。
この墓から見える景色だ。

そうだ。
オカンは生前よく言っていた。
ここの墓地は、この町が一望できて遠くに海が見える。
自分が死んだらこの墓地がいいと。

父さんもここで眺めていたのだろうか。
この景色を。。

ヒュウ…
風の音がする。
草木の匂いが漂う。
俺の育った町の匂い。

俺は大きく息を吸った。
ふうう。。
息を吐いた。


《おい!》

風が後ろから背中を押した。

《いいな。敵に背中を向けるなよ》

頬にまだ冷たい空気がささった。

俺は…
俺は振り向けなかった。

振り向かなかった。

空を見上げた。
雲の隙間から暖かい光が見えた。

もう、春なんだ。

俺は
右足を出した。
左足を出した。
そして、歩いた。

妹の足音も聞こえてきた。

オカン…

父さん。。。


そのまま麓に降りた。
花屋にバケツと柄杓を返し店をでた。

「なあ、あやの」

「うん。。」

「来た道引き返さず、このまま麓に沿って歩いて、突き当たり左に曲がって、家に戻らないか?少し遠回りになるが。」

「うん!!」

俺は歩いた。
山の麓の道を。
父さんを右手に感じながら。

俺は歩いた。


(続く)

※このお話で2章完結です。
次回から新章になります。
12月26日予定です。

(この物語を初めから読みたい方はこちらから🔻)


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