咳と体温計
前回の元彼の話はこちら。
※文中に出てくるTさん=元彼です。
一週間前の月曜日。三連休最終日となる振替休日の朝、起きると喉が痛かった。最近は急に冷える日が続き冬が近づいていることを体感する。気づかぬうちに空気が乾燥していて、喉がやられていたのかもしれない。熱を測ると36.9度。基本的に36.4~36.6度あたりをふらふらしているので平熱よりは高いが、熱があるとも言えない。何はともかく、今日は楽しみにしていた国分寺まつりがある。サンバダンサーとしてパレードをする予定になっているので、準備をして出かけなければ。
パレードの出来は120点ではなかったが、80点を下回るような悪い踊りをしたわけでもないのに、どういうわけだろう、テンションが上がりきらない。その理由に気付いたのは、公園でピクニックをしながらメンバーと打ち上げをして、帰り際になってからだった。体がだるい、そして咳が出る。私は風邪を引いていたのだ。
コロナ第2波の2020年12月、私はコロナに感染して入院した。職場でタコライスを食べていたら「においがすごいですね」と言われてふと、自分の嗅覚がなくなっていることに気付いた。そこからはみるみるうちに39度近くまで熱があがり、咳も止まらず、家の近くの病院で検査をしたらコロナ陽性。さらに肺炎にもなっていて、次の日には病院に搬送された。
会社からは、入院したことは誰にも言うなと言われた。仕事のアポは急用と言ってリスケしてもらい、2か月間練習したダンスの発表会も欠席。さすがに親とTさんには伝えたが、友達にも嘘をつきとおした。
4人部屋の病室は窓際の2つのベッドがすでに先に入っていた患者に使用されていて、私は廊下側のベッドを使用することになった。まわりをカーテンで囲まれ、飛沫防止のため会話も禁止され、最低限のトイレとシャワー以外に廊下を出歩くこともできず、外の天気すらもわからない一週間だった。
入院期間中は毎日Tさんが外の天気を教えてくれた。今日は快晴。今日は風が冷たい。それだけが唯一私と外の世界とのつながりだった。
だいぶコロナも落ち着いて、日本ではオリンピックが開催されることになった。とはいえ、症状の軽いコロナが流行しているらしい。一応感染した経験もあるし、なるべくコロナにはなりたくない。せめて体調の変化に気付けるようにと、私は毎朝体温を測るようになった。
起床し、眠い目をこすりながらベッドサイドに置いた体温計に手を伸ばし、検温。「おはよう、36.6度」とTさんに毎朝メールをする。すると「今日は平熱だね」と返事が来る。たまに36.0度になったりすると「体温低め、体が冷えているのでは?」と注意が来る。逆に36.8度を超えると「体温高め、サボり推奨」などと休みを提案される。
だから、朝36.9度という数字を見たときに、本来なら「体調悪い」と気付くべきだったのだ。Tさんとそのまま付き合っていたら「微熱では?」なんて返信が来ていたに違いない。なんてことだろう。私はTさんがいないと自分の体調不良にも気づけないなんて。
咳が出始めてから一週間、一向に治る気配がせず、それどころか夜になるとドスの効いた咳すら出るようになった。これは自然治癒は厳しいかもしれない。というか相当長引くかもしれない。前職時代からずっとお世話になっている、新中野の耳鼻咽喉科に行った。転職する3年前までは毎日のように通っていた街並みはところどころ変わってはいるものの、角の周り具合とか空の抜け具合とか、馴染みのある景色が広がる。と言ってもこの病院に行くのは半年ぶりなのでそれほど久しぶりではないのだが。同じ職場でもないのになぜか会社の近くに住んでいたTさんは元気だろうか。二人でよく食事をしたサイゼリヤは、ランチ終わりだからか全く客がいなかった。
そういえばTさんは冬になるとずっと咳をしていたっけ。ヘビースモーカーでいまだに紙タバコを吸い続けていたな。2時間映画を見ると「もう終わった?俺外でタバコ吸ってるわ」と必ず先に出ていくんだった。ディズニーシーでタバコが我慢できずに、とうとう吸ってはいけない場所で吸い始めて、キャストに即バレて出禁くらいそうになったこともあった。そういえばTさんは父親を咽頭がんで亡くしていたはずだが、もうTさん自身も60歳手前、本人は大丈夫なのだろうか。
なんて私が気にしても仕方がないのだけど。だって私は別れを切り出した元カノなんだから。