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私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #116 Yui side
毎回1話完結の恋愛小説。下のあらすじを読んだら、どの回からでもお楽しみいただけます。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳は社内恋愛中。琉生の後輩、志田潤はさとみに片思い。志田は琉生に片思いしている由衣と結託して、二人を別れさせようとしたが、飲み会後のはずみでセフレに。一方で遊び相手だった上司の斎藤拓真のほうが好きだと気づいてしまった由衣。斎藤は妻の光と別れて由衣と暮らす、と別宅を借りることにした。
「由衣」
朝、家を出る時に、ママに呼び止められた。
「彼氏とか・・・いい人がいるんだったら、ちゃんとママたちに紹介しなさい」
「まだ、そんなんじゃないし。そうなったら、ちゃんと言うよ」
私はうんざりしながら、靴を履く。どうせパパからの差し金だろう。パパはいつもそうだ。自分で言わずに、ママに言わせている。私の行動が気に入らないなら自分で言えばいいのに。
「そんなんじゃないって・・・週に1日か2日しか家に帰ってこないって、おかしいでしょう。ママたちだって心配なのよ」
広い家にママの声が響き渡る。私はイライラし始めた。
「もうさあ、私も25なんだし、ほっといてよ」
私は少しずつ身の回りのものを拓真の家に移動している。
ママもそれには気づいているんだろう。毎回、大きな荷物を持って出るのに、帰ってくるときはぺたんこのバッグだから。
「放っておけるわけないでしょう?!一人娘の心配をして何が悪いの?」
ママの声が早口で甲高くなっていく。ああ、もう、またヒステリーか。私はママの顔を見ずにドアを開けた。
「行ってきます」
「由衣!その荷物!今度はいつ帰ってくるの?ちゃんとお付き合いしている人、連れてきなさい!!」
私はそれには返事をせずに、バタンとドアを閉めた。
ママたちには悪いけど。正直、もう帰らなくてもいいかな、と思っている。拓真の新居は思いの外、居心地がいい。ガミガミ言うママもいないし、リビングでいつも無言で新聞やスマホを見ているパパもいない。
25歳で家を出たら、家出になるんだろうか。連絡をせず、どこかに暮らしてたら・・・失踪届を出されるのか。いや、まず会社に連絡が来るか。ママとパパで乗り込んでくるかもしれない。うわ。それは面倒だな。
ちょっと考えただけで、ややこしくなりそうだった。やっぱり当面はちらちら家に帰って、とりあえず生きてるってことを証明すればいいか。私は、無難な考えに落ち着いた。
***
夜。会社から帰ると、もう拓真が居た。拓真が出前でお寿司を取ってくれたので、何もせず夕飯が終わる。
静かだ。
「アレクサ、夜の音楽かけて」
私はスピーカーフォンにそう話掛けて、私はソファに寝転ぶ。カフェのようなジャズが流れてくる。アレクサってオシャレだなと思った。
私はすることがないので、寝転びながらスマホで漫画を読み始めた。
拓真はダイニングテーブルで、パソコンを叩いている。例の「副業」だろう。
「自分の部屋がふたつもあって、どっちもいい椅子買ったのに、なんでそんなところで仕事をしてんの」
拓真はこっちのファミリータイプのマンションにも自室があるし、もう一部屋、別な棟に“奥さんに見せるようの単身用”マンションを借りている。どちらも“副業”の事務所ということで、それなりに家具や事務所仕様っぽく色々揃えているのに、なんで、こんなダイニングテーブルで仕事をしているのか、私には理解できなかった」
「だって」
拓真がパソコンを叩く指を止める。
「由衣がそこにいるから」
何わかりきったこと言ってるの?というニュアンスで、拓真が微笑んだ。
・・・ほんとかよ!
私は自分の顔が赤くなるのを感じつつ、それを全否定するように、心の中で毒突いた。
「自分だって、せっかく由衣の部屋を作ったのにここにいるじゃないか」
「う・・・だって・・・」
拓真がここにいるから。とは、とても恥ずかしくて言えない。
「ここのソファ寝心地いいんだもん」
「ふーん。そう」
拓真はニヤニヤしながら、またパソコンの画面に視線を落とした。
私は、今朝のやりとりを思い出していた。
「あのさー、今日ママにめっちゃ怒られた。次はいつ帰ってくるんだって」
「まあ・・・親御さんはそう言うよね、きっと」
拓真は指を止めずに、言う。
「付き合ってる人がいるなら、連れてこいって」
「うん。まあ、そう言うよね、これだけ娘が帰ってこなかったら」
拓真が頬杖を付きながら、パソコンの画面を眺めている。ちぇ。他人事みたいに・・・。
「挨拶行ったほうがいい?」
拓真が事も無げに言う。そのあまりの普通さに、私のほうが驚いた。
「はあ?!無理でしょ?」
「無理って何が。別に、それで親御さんが納得するなら、行くけど、俺」
パソコンの画面から目を離し、拓真がこちらを向いた。
「いやいやいや、離婚も成立してないのによく言うよ」
成立っていうか、離婚するとかしないとかすら、奥さんに切り出してないじゃん。不倫以外の何物でもないのに。この関係。
「別に、言わなきゃいいんじゃない?俺の家族関係」
「だって!絶対パパとか聞いてくるよ。その歳まで独身だったんですか、とか。年離れすぎだけど、真面目に結婚するつもりがあるのか、とか」
「そうなんだ。よく知ってるね」
「だって、自分のパパだもん」
パパやママに彼氏を紹介したことはないが、私が選んだ相手なんて信用していないだろうから、絶対根掘り葉掘り、いろんなことを訊いてくるはず。
まして大学の時に妊娠して、相手に逃げられ、中絶したという過去があり。ママには避妊リングを入れさせられたという経緯もある。次こそ、変な男に引っかからないように見張らなきゃ、という気合いを感じるのだ。
「外面はいいつもりだから、うまくやるよ?」
拓真は冗談なのか、本気なのかわからないことを、真面目に言ってくる。
「いや、もういい。本当に必要になったら呼ぶから」
現実味のない話をしてもしょうがない。私は漫画の続きが気になったので、それでその話を終えることにした。
「そう。じゃあ、いつでも言ってね」
拓真はまたパソコンの方に向き直る。
そんな時は来るんだろうか。来るとしたら、拓真が離婚した後に決まってる。
しかし私はまだ、“そんな時”がすぐに来るとは思わなかったのだ。
*** 次回更新は9月6日(月)21時頃の予定です ***
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