私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #48 Ryusei Side
アラサー・アラフォーが恋をしたくなる小説。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳。内緒で社内恋愛中。それを知らずにさとみを口説いている志田潤が二人の関係に気付く。潤は琉生に片思いをしている由衣と結託して、自分と付き合えるように画策している。
※毎回1話完結なのでどこからでもお楽しみいただけます
車を降りると、風が潮の香りを運んできた。
まだ3月だというのに、日差しは初夏を思わせるようだった。
「海見るの久しぶりだなあ」
珍しくさとみがはしゃいだ様子で砂浜を歩く。俺もその後ろを付いていった。
なかなか実現できなかった旅行も、ようやく仕事が落ち着いたので来れた。
俺自身も海なんて見るの、久しぶりだった。風が吹くたびにさとみのロングスカートが風船のように膨らんだりしぼんだりする。
「寒くない?」
「大丈夫」
日差しは暖かいが、風が吹くとまだ冷たさを感じる。俺はさとみの肩に羽織っていたジャケットを掛けた。
「ありがとう。車にストール、置いてきちゃったから。持ってくればよかったな」
「俺は平気だから」
俺はさとみの手を取った。さとみの手は案の定、ひんやりしていた。
「外でデートするの久しぶりだな」
「そうだね。水族館以来かも」
一緒に暮らし始めてから、休みの日はスーパーに買い物に行ったり、日常になりすぎて、敢えてデートという時間は取っていなかったかもしれない。
「一泊だけど、ゆっくりしよう」
「うん」
旅行の話が出た後、由衣のことでゴタゴタしてしまったのもあるな。たかだか1ヶ月くらいの間にいろんなことがありすぎて、目まぐるしかった。
今まではどんよりとした冬の空気感だったが、“春”というだけで、気持ちも軽くなる。これからさとみとの関係もアップデートさせていけたらいいな。
「そういえば、車貸してくれてるダイスケが、さとみと会ってみたいって言ってたよ」
「そうなんだ」
「もし嫌じゃなかったら、明日車返しに行くときに飯でも誘う?今、奥さんのサキが出産で里帰りしてるから、1人らしいんだよね」
「いいよ。じゃあ、あんまり遅い時間にならないようにしないとね」
「あとでLINEしとくわ」
「うん」
さとみはさっきから足元をちらちら見ている。
「なんか探してる?貝とか?」
「ううん。シーグラス。あったらいいなと思って」
さとみから、俺の知らない単語が出た。
「シーグラスって何?」
「えっと・・・海に流されてきて、角が丸くなったガラス。ぱっと見は石みたいなんだけど、半透明なの」
「へえ。それ、貴重なの?」
「うん。昔はガラス瓶が多かったから結構あったらしいんだけど、最近はペットボトルが主流でしょ。あんまり見かけなくなってるみたい」
「ふーん。それ、集めたらどうなるの?」
「どうもならないよ。アクセサリーにしたり、加工する人もいるみたいだけど。ただ久しぶりに海に来たら、子供のころ探してたなあって思いだしただけ」
さとみが笑った。
「でも、俺、さとみが欲しいなら、探すわ。ちょっと待って」
俺は砂浜にしゃがみこんだ。よく分からないが、“シーグラス”探しは面白そうだと思った。
「俺もそういえば、そんな海来てなかったなー。大学のサークルで1回か2回、バーベキューした時くらいか・・・」
俺は手ごろな石を見つけ、辺りを掘ってみた。
さとみも薄い貝の片割れを手にして、砂を掻いている。
「琉生がシーグラス知らないなんて、意外。なんでも知ってそうなのに」
「そうかなあー。知らないことは、知らないって」
他愛もないことをしゃべりながら、二人でシーグラスを探す。
「あ」
さとみが先に見つけたようだった。
「これこれ」
さとみが1cmくらいの丸みを帯びた石のようなものを手のひらに載せた。
それは確かに石のようにも見えるが、色が白とも淡い水色ともつかない色だった。
「へえ、確かにきれいだ」
「でしょ。探したらもっとあるはず」
「俺も頑張ろう」
それから10分後くらいに、俺もそれらしきものを見つけた。
「これって・・・そう?」
茶色い石のようにも見えるが、人工的な色でマットな手触り。石ではないような気がした。
「そうそう、それ、シーグラス」
波打ち際でちょっと洗ってみたが、色はあまり変わらない。
「茶色かあ。醤油の瓶とかかなあ。俺も青いのがいい。もうちょっと探そう」
“醤油の瓶”にさとみが笑った。
「なんで、醤油限定なの?お酒の一升瓶かもしれないし」
そういいながら、さとみも少しずつ場所を変えて探していた。
ふたりで、小一時間探しただろうか。
10個ほどのシーグラスが見つかった。ほとんどが水色か淡いグリーン。その中に俺が拾った茶色や、さとみが見つけた濃い青があった。
「あ、そろそろ宿に入れる時間」
俺は腕時計を見た。
「これ、どうする?」
さとみがシーグラスを指さした。
「持って帰ろうか。思い出に」
「うん」
さとみはバッグからティッシュを1枚取り出すと、丁寧にそれらを包んだ。
「きれいな形のまま残ってる貝を探したことはあったけど、シーグラスは初めてだったわ」
「そうだね。私も無心で何かをするっていうのが久しぶりでおもしろかった」
さとみの言葉に驚いた。俺もまったく同じことを思っていたからだ。
「たまにはこういう時間もないとダメだよなあ」
毎日電車に揺られて、家と会社の往復は健康上良くない。
「明日の朝、早く起きれたら海沿い散歩しようか」
いつもの俺だったら出来るか分からないが、明日ならできそうな気がした。
「うん」
「起きなかったら・・・さとみが起こして」
「わかった」
俺は、さっきよりだいぶ冷たくなっているさとみの手を、もう一度握った。
ダイスケの車が堤防の上で夕日を浴びて輝いて見えた。
早く俺も自分の車買わないとな。さとみと、もしかしたら将来の子供が乗るかもしれない、という車を想像しながら、俺はダイスケの車に乗り込んだ。
*** 次回は3月26日(金)更新予定です ***
雨宮より:東京はもう桜がピークなんですよね。私が住む関西では、もう少し後かとおもいます。
私もしばらく海には行ってないので、行きたいなあと思いながら、今回の話を書いていました。デートで海、いいなあ。ちなみに誰も興味がないと思いますが、私と夫の初デートは3月のくそ寒い舞鶴の海(夜中=真っ暗)でした。さとみたちはどこに住んでるかわからないんですが、なんとなく関東で、海は湘南、葉山とか鎌倉とか(笑)→地方人のが憧れで書いていますw
どこかあなたのお住まいの海を思い浮かべて読んでくださってもOKです。百道浜でもいいよ!
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