私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #41 Satomi Side
アラサー・アラフォーが恋をしたくなる小説。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳。内緒で社内恋愛中。それを知らずにさとみを口説いている志田潤が二人の関係に気付く。潤は琉生に片思いをしている由衣と結託して、自分と付き合えるように画策している。
※毎回1話完結なのでどこからでもお楽しみいただけます
翌日、昼前に自分の部屋へ戻った。
たった一晩帰ってないだけなのに、なんだか違う人の家に来たような、何年も空けていたような気分になった。
琉生がいたらどうしよう。そう思いながら、鍵を開けたが、部屋の中はしんと静まり返っていた。
洗った食器が水切りカゴに伏せてある。ああ、琉生はちゃんとご飯を食べて出勤したんだな。それを確認して私は寝室に向かう。
カーテンが閉め切られたままの薄暗い部屋。私はベッドに倒れ込んだ。
全身から力が抜け、どっと疲れが押し寄せてくる。
あの後、志田くんは近くのビジネスホテルを手配してくれて、送り届けてくれた。本当にいい子だ。
私はうとうとしながら、昨日のことを思い返していた。
「じゃあ、俺はここで」
ビジネスホテルの入り口まで送ってくれた志田くんは、持っていた私のカバンを渡してくれた。
「あ、うん。ありがとう」
案外あっさりしていたので、ちょっと拍子抜けした。と、言うのが顔に出てしまったようだ。志田くんが笑った。
「シングル、一部屋しか取ってないですから」
「・・・っ」
顔が赤くなるのが分かる。それについて何か言われるかなと思って身構えたが、志田くんはいつもの笑顔のままだった。
「明日、無理だったら休んだほうがいいですよ。ヨシダさんにはテキトーに言っておきますから」
「うん。明日、起きてみて・・・考える」
「じゃ、また」
志田くんはそう言い残して、帰っていった。
私はフロントで鍵を受け取り、無機質なビジネスホテルの一室にもぐりこんだ。
琉生から何度もLINEが来ているのはわかっていたが、開くつもりはなかった。
シャワーを浴びて、ベッドに横になる。一人で横たわるベッドは硬くて冷たくて、なかなか寝付けなかった。古めかしいデジタルの時計が、深夜2時になるまでは確認していたと思う。
なかなか布団の中が温まらないまま、時間だけが過ぎていく。眠れないから、昼間のことなどもぐるぐる思い返してしまう。
琉生と顔を合わせたら、なんて言ったらいいんだろう。
それを決めてからホテルを出ようと思ったのに、帰ってくるまで決められなかった。
そして今も、どうしたらいいのか、答えが出ていない。
怒る?泣く?責める?どれも自分の気持ちにしっくりこなかった。
じゃあ、このままいつもみたいに、何かを我慢してやりすごしていくのだろうか?
カチャ。
鍵の音でハッとした。気が付かないうちに寝ていたようだ。
時計を見ると19時を回っている。
夕飯の支度、してない。私は暗闇の中、慌てて身体を起こした。
パチッと音がして、ダイニングの明かりがつくのがわかった。
「さとみ?」
寝室のドアがそっと開いた。
「お帰りなさい。ごめん、今から夕飯・・・」
立ち上がろうとした私を琉生が静止した。
「ごめん」
がばっと頭を下げる琉生。
「ごめん、嘘吐いてて」
“嘘”というのが由衣さんとのことだというのは、すぐにわかった。
「由衣から全部聞いた」
今まで私の前では苗字で呼んでたのに、由衣って呼んじゃうんだ。
それですべてを理解した。
付き合ってたって、本当だったんだね。
私自身、琉生から聞いた時、もっと取り乱してしまうかもしれないと考えていたが、実際はひどく冷静だった。
「別に・・・過去のことなら言ってくれればよかったのに」
私は、努めていつもの口調で言うようにした。
「そう・・・なんだけど・・・・なんか、言えなくて」
琉生はまだ顔を上げなかった。
「隠し事はしてほしくないって、前に言ったと思う」
普通に言ったつもりだったが、最後はちょっと責めるような口調になったかもしれない。でも、この場合仕方がないだろう。
「うん。だから・・・ごめん、なさい」
下を向いたまま、琉生が3回目のごめんなさいを言った。違う。聞きたいのは謝りの言葉じゃない。
「なんで隠してたの?」
そこでやっと顔を上げた琉生は、困ったような、泣きそうな表情をしていた。
「入社前からさとみのことが好きって言ってたのが、嘘ぽくなるかなと思って」
「・・・・・・」
「あとは、あんまり遊んでる風に思われたくないっていうか・・・」
絞り出すような声で、説明している琉生を見て、なんだか気の毒になってきた。昨日の志田くんが言っていた言葉が頭をよぎる。
“なんでもないなら、ちゃんと言ってくれればいいのに。隠されると、今でも裏で付き合ってるのかなとか、心配になるじゃないですか”
私は言い淀む琉生を、これ以上責めても仕方がないと思ったので、この話はもうやめることにした。
「いいよ。もう。いろいろ詳しく聞くほうが、嫌な気持ちになりそうだから。この話はもうやめよう」
琉生は怪訝そうな顔でこちらを見つめている。もっと詮索されることを覚悟していたんだろう。
「由衣さんとは、もうなんでもないんだよね?」
私は念押しで聞いた。
「うん、もちろん」
琉生の顔がちょっと緩んだ。
私は志田くんが言っていた言葉を、繰り返すように言った。
「なんでもないなら、これからはちゃんと言って。隠されると、今でも裏で付き合ってるのかなとか、心配になるから」
「うん」
そういうと琉生はギュッと私を抱き締めた。
いつもの琉生の匂いと体温。ぎゅっと力を込める琉生に、いつもはほっとするのに、今日は何にも感じない。私はまだ怒っているんだろうか。自分でもよくわからないなと思った。
そっと琉生の腰に手を回したが、それはあくまで儀礼的なものに過ぎない。
一方で、頭の中では、志田くんにちゃんと帰ったこと、LINEし忘れてたな、と思った。
*** 次回は3月10日(水)15時頃更新予定です ***
雨宮より(あとがき):早いもので40話を超えました。本当はもっとスピードアップして書きたいんですが、これくらいに留めております(本業に差し支えるため)。最近、書くのは早くなってきてるんですが、こういう気持ちの機微というか、自分の経験を思い出して書くと悶絶する時間が長くて、結果、時間がかかってます(笑)
こーゆーやりとり、25歳くらいの時にしてたよねー、みたいな。
付き合ってる時って、こういう駆け引きというか、自分の気持ちやら相手の気持ちやら、いろいろ気にしてたわ、ほんと。すごく仲良かった人が急に冷たくなって、なんで?なんで?って思ったり。何にもしてないつもりでも絶対なんかしてるんだわ(むしろ何もしてないから冷たくなる、ということもある)相手はいつも通りなのに、こっちが妙に冷めてしまったりねえ。さて、さとみと琉生はどうなるんでしょーか。私もまだわからないです。
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