私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #19 Jun side
アラサー・アラフォーが恋をしたくなる小説。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳。内緒で社内恋愛中。今回は、琉生の後輩、志田潤のお話しです。
※毎回1話完結なのでどこからでもお楽しみいただけます
俺は超、ツイている男。
全然勉強してなかったけど、勘で書いたマークシートがほぼ当たっていて希望の大学に入れたし、持ち前の笑顔と人懐っこさで、今の会社に入れた。
上司も先輩もいい人だし、総務のお姉さんは美人。みんなが俺の世話を焼いてくれるし、同級生が「会社行くのダルい」とか言ってる意味がわかんない。勉強しなくていい分、大学より最高だろ?
そんなサイコーな人生だけど、最近あった悲しい事は、彼女と別れたこと。
6歳年上の元カノのカノンは最近いつも怒っていた。それがダルかったから、まあ、いいんだけど。
カノンは平日が休みだから、いつもフラッと俺の部屋に来て、日中2,3缶ビールを開けて、夕方まで寝ているようだった。俺が帰ってきたら、一緒に夕飯を食べて、お互い惰性でセックスして、朝になったら帰っていく。そんな生活が大学時代から続いている。
「潤、もうすぐ私30なんだけど。潤はまだ若いからいいかもしれないけど、私は結婚を考えてほしいと思ってる」
ここんとこずっと会えば、いつも結婚の話。23で就職したばっかで、そんなのフツー、この歳の男、考えられないでしょ。
とは言えないので、俺は自分に自信がない、ということで逃れることにした。
「だってさあ、まだ給料も高くないし、カノンのこと養えないよ。もう少し待ってよ」
「養ってだなんて言ってない。私だって働いてるんだし。でも子供産む時間のリミットもあるし、焦るんだよ」
俺よりずっと“お姉さん”のカノンはいろいろ考えているのかもしれないけど、俺はまだそこまで考えられない。仕事だってもっと出来るようになりたいし、やりたいことは沢山ある。
今時期だったら趣味のボードもやりたいし、夏だったら海も山も楽しみたい。でもカノンはいつも疲れて寝てばっかり。立ち仕事っていうのもわかるけど、どうせだったらたまに土日に休み取って、一緒に遊びたいとも思ってる。それを言うと
「アパレルなんだから土日休めるわけないでしょ」
と怒られるのでもう言わなくなった。でも俺は、平日はきっち仕事して、休みの日は遊びを満喫したいんだよね。いつのころからか、酒を飲んだカノンが寝て待ってるようになったんだけど、出来たら酔ってないカノンと会いたい。
カノンとは土日会えない分、いろんな友達と会えるから、そういう意味では束縛がなくて楽だけど。会う度にこういう話をグチグチされるのは、ダルい。
「潤はさー、私のどこが好きなの?もう好きじゃないの?」
「カノン、酔っ払ってるでしょ」
俺は質問にはわざと答えずに、カノンを気遣うフリをした。正直、カノンとの出会いは向こうからナンパしてきたから、そういうこと聞かれても困るんだよね。たまたま身体の相性がよかったから、今まで一緒にいるだけで、そんなに「スキ」とか考えたことない。
「もー、やだ、絶対別れる、もう別れてやる」
自暴自棄になったカノンは空っぽになったビールの缶をくしゃっとつぶすと立ち上がった。
「帰る」
カノンが玄関に向かった。
「酔い覚めてからにしたら?」
俺は追いかけずに言った。いつものことだ。
「別れよう」
カノンは振り向かずに言う。これもいつものことだ。
「家に着いたらLINEして、心配だから」
そういった俺の言葉は無視して、カノンはグラグラしながらハイヒールを履いて出ていった。
バタン、と金属の重たいドアが閉まる音がした。
いつものこと、だと思った。
頃合いを見計らってLINEをしたけど、既読が付かなった。
朝になってもう一度見たけど、やっぱり既読が付いていない。
あれ?ブロックされてる?一応時間をおいて、LINEで通話を試みたが、コールが鳴るだけで、出ない。
携帯のほうで電話をしようとして、気が付いた。
「あ、俺、カノンの電話番号知らない」
つまり、そのくらいの仲だということだ。カノンとは2年くらい付き合ったけど、思い返してみれば、そんなに深い話はしてない。
家族の話もしたけど、家族に紹介したこともないし、しようと思ったこともなかった。
仕事の話はするけど、カノンの職場を見たこともないし、俺の話も、ただ雑談の一部としてしてただけ。
え?これって別れたの?
あれで?
「あー、そっかー」
ナンパで始まり、LINEブロックで終わる恋愛。今ドキっぽい。
カノンに執着してたわけじゃないけど、なんか別れ方が悲しいなーと思った。
***
「でもね、それで俺ってラッキーって思ったんですよ」
俺は昼飯の時に、超尊敬する琉生さんにカノンとのいきさつを話した。
「なんでそれでラッキーって思えるんだよ。どう聞いてもおかしいじゃねえか」
琉生さんがカレーを食べながら、顔をしかめる。琉生さんシャイで真面目だからな。俺みたいなやつのこと、理解できないのかもしれないけど、こうしてちゃんと話を聞いてくれてるし。
「え、だって、そんなんで別れてくれる彼女ってよくないですか?ふつーもっとドロドロしたりするでしょ。だから、きれいさっぱり、後腐れなく」
「お前、可愛い顔して結構ヒドいこと言ってるの、気付いてる?」
「へ?そうすか?」
俺はそんな自覚がなかったので、そういわれたことにびっくりした。
「で、俺は晴れて、フリー!これもラッキーっす」
「いや、だからってさ・・・くらさんにはちょっかい出すなよ」
俺は琉生さんにギロっと睨まれた。琉生さん、絶対さとみさんに気があるよね。でもそこは譲れないところ。ダメでもアタックする権利は誰にも奪えないのだ。
「聞きましたよ。琉生さんも入社した当初、結構さとみさんのところに通ってたらしいじゃないですか」
「だ・・・っ誰がそんなことを」
琉生さんが珍しく慌てている。とすると、この話は本当なのかもしれない。
「総務のヨシダさんです。一時期からぱったり来なくなったから、フラれたのかなって言ってました」
「あのジジィ・・・」
琉生さんがガリっとスプーンを噛んだ。
「まあまあ、そういうこともありますって。でも憧れるのは自由ですから。お互い頑張りましょう」
俺は笑顔でそういった。
「頑張らねえよ。バーカ」
琉生さんはそういうと、席を立った。
まあ、これもいつものことだ。琉生さんの後ろ姿を見ながら、俺ってかっこいい先輩の元で働けているなあ、と思った。
*** 次回は1月18日(月)15時更新予定です***
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