私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #125 Ryusei Side
毎回1話完結の恋愛小説。下のあらすじを読んだら、どの回からでもお楽しみいただけます。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳は社内恋愛中。琉生の後輩、志田潤はさとみに片思い。琉生が出張中、さとみは志田のことが好きだと気付いてしまい、二人は一線を超えてしまう。それを知らずに琉生は普段どおりの生活を続けている。そして琉生はさとみの両親に、そろそろ結婚の挨拶をしたいと申し出る。
「やっぱり緊張するね、ちょっと」
俺は、電車の窓に映った自分の姿を確認した。
「うん・・・」
さとみは浮かない顔をしている。やっぱりまだ、ご両親に挨拶というのは、早すぎたんだろうか。いや、でも、もうここまで来て、結婚が無いなんてことはないし・・・式や入籍をいつにするかは置いといて、もう同棲してしまっているんだし、そのことだけでも挨拶はしておいたほうがいいと思う。
「お嬢さんをください、とは言わないから安心してよ」
「うん・・・」
俺はさとみを笑わそうとしたが、さとみは相変わらず、冴えない。
「何、ご両親って、そんなに恐い人たち?」
俺は恐る恐る聞いた。いきなり殴られるとか、覚悟しておいたほうがいいのか。
「ううん・・・普通だと思うけど」
「そっか」
浮かない顔をしているさとみに、俺もちょっと胸がチクンとした。
「そんなに、結婚がイヤ?」
俺は何回目かの質問をした。
「結婚がイヤっていうわけじゃないんだけど・・・」
そしてさとみは言葉尻を濁す。けど、の先に続く言葉は何なんだろう。
「あ、さとみの家のほうの沿線に乗り換える前に、デパートで手土産買っていこう」
「うん」
「何がいいかな。お菓子が無難?」
「うーん、何だろう。お母さんは甘い物好きだけど、お父さんはあんまり食べないし」
急に決めたので、あまり下調べをしていない。俺はスマホで“結婚 挨拶 手土産”を検索してみた。
「個包装のお菓子で日持ちがするもの・・・最中は「合わさっている」から縁起がいいお菓子なんだって」
「最中かあ。他には?」
「洋菓子だとバームクーヘンとか。ただ切り分ける手間を考えると、クッキーなどの個包装されているものがお勧め、だって。あとはお酒とか・・・」
「お酒かあ。まあ、お父さんは飲むかもしれないけど・・・いろいろあるんだね」
「取引先に持っていく手土産より、難しいかも・・・」
俺はもっとリサーチして、ベストな手土産をチョイスすればよかったと、軽く後悔した。俺が険しい顔をしていたのか、さとみが肩をトントンと叩いてきた。
「いいよ、そんなに気を遣わなくても。駅のデパートにお母さんが好きな洋菓子屋さんが入っているから、そこのクッキーにしよう」
「うん」
さとみがそういうなら間違いないだろう。あとはお父さん用にお酒を用意しようか。
乗り換えのターミナル駅に着くと、俺たちは改札に直結しているデパートに向かった。
***
「ご挨拶が遅れました。さとみさんとお付き合いさせていただいております、横井琉生と申します」
「あら~、わざわざありがとうございます。嬉しいわあ、さとみが彼氏連れて来るなんて。お父さんもリビングで待ってるから、どうぞ」
さとみにそっくりな、優しそうなお母さんだ。ゆったりとしたワンピースにエプロン。肩までの髪はつやつやしていて清潔感がある。確か50代半ばと聞いていたが、年より若く見える。
俺は一礼して、靴を脱いだ。
「そんな、改まらなくて大丈夫だよ」
さとみが耳打ちをしてくるが、そうはいかない。
「どうぞ」
さとみのお母さんがリビングに通してくれた。ソファにお父さんが座っている。50代後半、と聞いている。が、お母さんとは逆で、ちょっと年上に見える。白髪交じりの髪に眼鏡。ポロシャツにチノパンというラフな格好だが、上司にいたら緊張しそうなタイプだ。
「横井琉生と申します。本日はお時間いただきまして、ありがとうございます」
「どうぞ」
お父さんが、ソファに掛けるように勧めてくれたので、さとみが座るのを見計らって、俺も掛けた。お母さんがお茶を持ってきてくれた。
「あら、つい癖で温かいお茶いれてしまったけど、冷たいほうがよかったかしら」
「いえ、温かいのでも大丈夫です」
お母さんはお茶を置くと、お父さんの隣に座った。
「改めまして・・・さとみさんとお付き合いさせていただいている、横井です。あの、こちら・・・」
俺が紙袋からクッキーとお酒を取り出すと、先にお母さんが声を上げた。
「わあ、そこのクッキー、私大好きなのよ~」
「あ、はい、さとみさんに聞きまして。お父さんにはこちらを」
お父さんには国産のウイスキーを手渡す。
「ありがとうございます~」
お父さんが何かを言いかけたが、お母さんが引き取ってお父さんの分?も御礼を言ってくれる。
「で、今日はなんだ?これは・・・その・・・そういうことなのか」
そういうこと、というのは結婚の挨拶ということだろう。
「ち、違うの。実は・・・少し前に一緒に住み始めたから・・・琉生が挨拶したほうがいいって言って・・・」
「ああ、そうか。まあ、さとみもいい歳だからな。そういうことを考えてもおかしくはないだろう」
あくまで結婚とはいわずに、“そういうこと”っていうんだな。
「申し訳ありません、本当は一緒に住み始める前に来るべきだったんですが」
俺が頭を下げる。
「ところで、横井くんは・・・若そうに見えるんだが、いくつかね」
「25です」
「え?」
お父さんとお母さんが同時に声を上げた。
「あの。この子、親が言うのもなんだけど・・・童顔だけど、まあまあ歳取ってるわよ?いいの?」
「お母さんっ。っていうか、歳なんてもう、知ってるし」
さとみがお母さんを制止する。
「いえ、年齢は関係ないので」
俺はちょっと笑いそうになるのを堪えて、真面目に返す。
「その・・・なんだ。横井くんは若いけど・・・そういうことは考えているのか」
「結婚、ですよね。もちろんです。結婚を前提にお付き合いさせていただいております」
「そうか・・・」
お父さんはそのまま黙った。
「二人は・・・お付き合いを始めてどれくらいなの?さとみ、こんな素敵な人が居るなんて、全然教えてくれないんだもの」
お母さんがニコニコして聞いてくる。
「一年、くらい」
さとみが代わりに答えてくれる。
「もうしばらくはお付き合いを続けていく、と」
お母さんが確認するように訊いてくる。
「琉生は・・・結婚を前向きに考えてくれてる。決められてないのは私のほうなの」
「お前・・・32にもなって、決められないって」
お父さんが呆れたように言う。うん、もっと言ってやってください。俺は今すぐにでもさとみと結婚したいって考えているんです。とは厚かましいので、言えなかったけど、俺は心の中でもっと結婚の話が進むように祈った。
「そうよ~。お誕生日きたら33でしょ。赤ちゃん生みたいなら、すぐにでも考えないと。いいじゃない。素敵な人だし。お母さんは、賛成。ね、お父さんもそうでしょ」
お母さんも援護してくれる。
「いや・・・まあ・・・本人同士がいいんなら、いいんじゃないのか」
お父さんも詰まりながらもそう言ってくれた。これは・・・結婚を認められたっていうことだろうか。俺は心の中でガッツポーズをした。
「よっぽど変わった人を連れてきたら、もう少し考えたらっていうけど。とっても紳士な方だし、いいじゃない~」
「そんな。あっさり・・・」
さとみのほうが戸惑っている。俺はさとみの気持ちも汲んで、こう言った。
「ありがとうございます。今日はお付き合いしている、というご挨拶でしたので・・・また二人でいろいろ話し合って、諸々が決まったら改めてお伺いします」
「いいわね!楽しみ。もう、さとみのウエディングドレス、見れないんじゃないかって不安だったのよぉ」
お母さんのほうが、結婚するんじゃないかというような、うっとりした顔になっている。
「まだ、そんな具体的な話決めてないから。琉生が言ったように、今日は琉生に会ってもらいたかっただけだし、その先のことはまだわかんないよ」
「はいはい。楽しみにしてます」
さとみとお母さんの会話で、俺はこの家に受け入れてもらえたという安堵感でいっぱいだった。
「お昼ごはん、外で食べるのよね。そこでいろいろ話、聞かせて」
「ああ、外で食うのか。じゃあ、支度してくる」
お父さんが席を立った。
俺は、この後の食事会でどんな話をしよう、と考えていた。
*** 次回更新は9月27日21時ごろの予定です ***
雨宮よりあとがき:あとがきも久しぶりに書きます。最近本業が忙しくなかなか日中、書けません・・・。子供たちと夕飯が終わったリビングで書くことが増えたんですが、子供が話しかけてきたり、TVやゲームがうるさくて、集中できず、どうしても21時過ぎてしまいます・・・
次の月曜日は必ず21時に更新できるように、予約するぞー。
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