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私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #26  Satomi side

アラサー・アラフォーが恋をしたくなる小説。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳。内緒で社内恋愛中。この週末から同棲を始めた二人。今回は、さとみのお話しです。
※毎回1話完結なのでどこからでもお楽しみいただけます

人がまばらな昼下がりのスターバックス。いつもならPCを持ち込んでいる学生や、平日が休みのカップル、営業合間の時間つぶしをしている会社員で混んでいるであろう時間。

このご時世を表しているのか、ガラガラだった。駅に近いスタバでもこんなかんじなんだな。私はこの後の時間をどう潰すか考えていた。

昨日で琉生の引っ越しが完了し、正式に一緒に住むことになった。

とはいえ、荷物がちょっと増えただけで、いつもの週末。いつもの週明けの朝。

「まだ、あんまり実感ないね」

琉生が言う。

「うん、私も」

一緒に食べる朝食も、いつもの月曜日と同じだ。

「俺、今日ちょっと早く出るから」

と、琉生は一足早く出ていった。これも以前から、会社の人と合わないようにとの暗黙の了解で決まっていたルール。これからはどうするんだろう。

そんなことを思い浮かべながら、私はスタバでゆるゆると行き来する人を眺めていた。

遅めの昼食。本来の目的は取引先にいる斎藤部長へ、忘れた資料を届けに来たのだ。資料は先方の受付の方を通して渡した。

しかし、帰ろうとした時に斎藤部長からスマホにチャットが飛んできた。

「時間あったら、隣のビルのスタバで待ってて。昼ごはん、食べてないなら奢るから、好きなもの頼んでおいていいよ」

斎藤部長からそんな指示を受けることは珍しい。何か用事か言伝があるのか。私は言われたとおり、待つことにした。

キッシュを食べ終わり、手を拭いたところで、トントン、と肩を叩かれた。

「きゃあ!」

斎藤部長だと思い、振り向いた私は思わず叫び声をあげた。

・・・志田くんがいた。

「さとみさん、どうしたんすか?こんなところで」

「え?!え?っていうか志田くんは・・・・」

私はおろおろと質問を返す。えっと、あの、斎藤部長は・・・。

「あ、俺、そこのビルで取引先の人とミーティングだったんすよ」

隣のビルを指して飄々と答える志田くんに、頭が付いていかない。

「えっと、それは、斎藤部長と・・・?」

「あ、はい。え、知ってました?」

逆に今度は質問が返ってきた。私はいろいろ頭の中で出来事を繋げようとしているが、上手く繋がらない。

「うん。あの、斎藤部長が忘れた資料、届けに来たの、私だし・・・」

「えー!マジっすか。そっかー。斎藤さん、さとみさんを指名するなんてマジ神」

小さくこぶしを握り締めて、喜ぶ志田くん。

指名されたわけじゃなくて、電話を受けて頼まれたのが私なだけだけど・・・と思いながら、私は一つの疑問を志田くんにぶつけた。

「あの・・・斎藤部長は・・・」

「次の現場行きましたよ?今日、まだ立ち会わないといけないところがあるって」

ああ。ほぼ予想していた答え。答えは予想してたけど・・・でもなんで。

「私、斎藤部長にここで待ってるように言われたんだけど」

用事がないなら、会社の戻ったほうがいいのか。私はスマホを開き、斎藤部長にチャットした。

“スタバで志田くんから次の現場行かれたって聞きました。私、会社に戻っていいですか?”

するとすぐに斎藤部長から返信が。

“あ、そうそう、ごめんねー。領収書だけ今度俺に渡して。あとはそのワンコ、次の現場には連れていけないから、遊んでやってくれる?”

・・・えっと・・・志田くん・・・ここでも犬扱い・・・

じゃなくて。

斎藤さん、私と琉生が付き合ってるの、知ってるのに、なんで・・・

っていうか、普通に“仕事”だったら気にしないのか。

「俺は今日の仕事、このミーティングで最後なんで、全然さとみさんとお茶できます」

もう一度振り返ると、いつの間にかコーヒーを受け取った志田くんが、ニコニコと立っていた。

「チャット見えた?」

私は思わず、スマホの画面を隠した。個人間のチャットだから志田くんに会話は見えてないはずなんだけど。

「見えてないですけど、どうせ俺連れていけないから、さとみさんに押し付けたんでしょ?むしろ、大歓迎」

「えっと・・・新人の営業さん連れていけない現場ってどんなところなのかな?」

私はいくつかの回答を思い浮かべつつ、一応志田くんに確認した。

「えー?大人の事情があるんじゃないですかねえ」

志田くん、ニヤニヤしてる。その言い方で、なんとなく察するけど・・・。これ、光先輩に言っておいたほうがいい案件なのかな。

いや、まあ、何か見たわけじゃないし、とりあえず保留にしておこう。

深く考え込んでしまった私を、志田くんが笑った。

「営業なんてそんな感じですよ。数字上げてたらいいわけだし。オフィスにいるさとみさんたちと違って、大体、営業の先輩たちはこんなかんじです」

うーん、薄々わかっていたけど、複雑な気持ちになる。オフィスにいる人はきっちり時間内で働いてるんだけどなあ。でも琉生はそんな風にサボってるかんじ、しないけど。

「でも琉生さんは違いますよー。同行して空き時間できた時も、サッとカフェに寄ってパソコン開いてメール返したり、資料作ったりしてるんで」

この子、私の心読めるのかな。と思うくらいすごいタイミングで琉生の話が出てきた。私がどう返事をしようか考えている間に、志田くんがまた訪ねてきた。

「さとみさんは会社に帰らないといけない、急ぎの仕事あるんですか?」

「急ぎの仕事・・・」

自分の手持ちの仕事を思い浮かべたけど、特になかった。いつものルーチンを定時までするだけだ。別にスピードを上げれば、明日でも十分できること。

「じゃあ、2時間俺にください。定時までにはちゃんと会社に送り届けるので」

志田くんは手早く私のトレイを片付けると、まだ口もつけていないコーヒーを持って、出口に向かった。

「え?ほんとに?」

私は慌ててコートとカバンを掴んだ。

「早く早く」

志田くんはコーヒーを持った手と反対の手で、私の手を握ると、冬空の下に連れ出した。

*** 次回更新は2月3日(水)15時の予定です ***


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