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私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #53 Satomi Side

アラサー・アラフォーが恋をしたくなる小説。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳。内緒で社内恋愛中。付き合って半年後、同棲を開始。その直後にさとみが琉生の過去の女、由衣に呼び出されトラブルがあり、琉生との仲もギクシャク。二人はそれを解消すべく初めての1泊旅行中。
※毎回1話完結なのでどこからでもお楽しみいただけます

▼由衣とさとみの話はこちらを読んでおくとわかりやすいです

琉生とは夜の散歩で、宿の周りの桜を堪能したあと、二人で部屋に戻った。

来年も一緒に桜を見よう、と琉生は言っていたけど、正直わからないなと思った。全面的に信用していた琉生だったが、由衣さんのことが浮上して、やっぱりそういうこともあるんだ、ということがわかったから。

そう思っているのが伝わったのか、分からない。

「今日、ちゃんと話そうと思って。由衣のこと」

切り出したのは琉生だった。初めからそのつもりで旅行を段取りしていたのだろうか。

今日はあの時の話になるかもしれないと思いつつ、なければないでいいと思っていたのだが。

私は何て言っていいか分からなかった。だから黙っていた。

長く沈黙が流れる。重い空気に押しつぶされそうになった。たぶん琉生も同じだったんだろう。意を決したように話し始めた。

「こういう言い方すると、余計、不誠実って思われるかもしれないけど、由衣とは本当にちょっと遊んでいただけで。ずっと好きだったのは、さとみだから」

「でも、由衣さんはそう思ってなかったと思う。そう言ってたし」

私はなるべく要らない感情が入らないように心掛けた。

「それはあいつの勘違・・・」

「週5でご飯作りに行ってたって、言ってた」

琉生の言い訳が聞きたくなくて、思わず語尾にかぶせるように言ってしまった。琉生は何か言おうとして口を開いたが、何も言葉が出てこないようで、黙った。

「遊んでるだけで、週5も家に来る?」

責めちゃだめだ。頭ではわかっている。だけど、私の言葉は止められない。

一度噴出した噴火のマグマは、出し切るまでとどまることを知らない。

「それは・・・」

プチ家出をした翌日で、この話は終わっているかと思っていた、自分で。

だけど、飲み込んだ言葉は結局、いつも自分の奥底でくすぶっている。

ドロドロした言葉を嗚咽のように吐き出す私は、琉生からどう見えてるんだろう。

「由衣さんから、琉生とは付き合ってるつもりでもセフレかもしれないって、忠告された」

「・・・さとみに対して、そんなわけないだろ!」

私の腕を琉生が掴み、語気が強くなる。

「私だってそう思いたいよ!」

琉生に掴まれた腕を、反射的に振りほどいてしまった。

琉生は黙って床を見ている。

私も、大きな声が出てしまった。声の大きさで、不安をかき消せるなら、どんなにいいだろう。 

さっきまで桜を眺めていた時の和やかさは、皆無だった。

「だけどさぁ、不安じゃない・・・。ただの同僚だと思ってた女の子から突然呼び出されて、不躾に宣戦布告みたいなこと言われるの・・・」

私は泣くのを堪えながら、言った。ここで泣くのは違うと思った。

「・・・ごめん」

かすれた声。謝ってほしいわけじゃない。だけど、私も逆の立場だったら、それしか言葉が出てこないだろう。私は、どうしてほしいんだろう。

「全部が・・・琉生のせいってわけじゃないけど・・・」

半分くらいは由衣さんも悪いと思っている。そしてその半分くらい、何も疑わずに琉生と付き合っていた私も悪いと思っている。

「いや、全部俺のせいだろ、それ」

琉生がベッドに腰かけたので、私は窓に向かったソファに座った。
中途半端な距離が、今の二人を如実に表している。

「俺が、さとみに誠実に見られたいとか邪な考えで、由衣のこと隠してたから・・・」

琉生が独り言のように言う。

「それは、確かにこの前言ったように・・・隠し事してほしくなかったけど・・・琉生の気持ちも分かるし」

私がそこまで言うと、床から視線を上げて、ギロっと琉生がこっちを見た。

「そうだよな、わかるだろ?」

「え?」

振り返ると、琉生はさっきまでのしおらしい表情が消え、怒りとも悲しみともつかない、厳しい顔になっていた。

「俺もさあ、一個聞いていい?」
琉生の口調がさっきと違う。今度は私が責められているようだ。

「え、うん。何?」

琉生の目がこわい。さっきまで逸らしていた目が、漆黒の髪の隙間から私を射抜くような強さで見つめている。

「帰ってこなかった日、志田とホテル行ったってほんと?」

「え、なんで、それ・・・」

琉生から不意打ちで志田くんのことが出てきたので、私は思わず口をふさいでしまった。その反応がまずかった。
琉生がチッと舌打ちをする。

「由衣が見てたって言ってたから。・・・本当なんだ」

琉生の怒りの色が濃くなった。由衣さんが?そんなわけ・・・ないとは言えない。だって会社の近くだったから。本当に見られていたんだろうか。

「違うの!ホテルは会社の近くのビジネスホテルで・・・志田くんは送っていってくれただけで!」

今度は私が琉生にすがる番だった。

琉生が冷たい目で私の顔を見つめる。

「俺には隠し事するなって言っておきながら、自分はそれかよ」

「だから!志田くんとは何にもないって」

「本当に何にもなくて送ってもらっただけなら、別に言えるだろ」

「・・・・・・それは」

志田くんに言わなくてもいいんじゃないかって、言われたとは言えない。
私がそのアドバイスを採用して、言わなかったのだから。

「そのほうが、琉生が私の気持ち、わかると思ったから」

私は本当のことを言った。
途切れ途切れだが、懸命に。
いつも飲み込んでいた、琉生への気持ち。心の奥底に残っていた、今まで飲み込んだ言葉はこれが全部だった。

「確かにな。スゲー、ヤな気持ち」

琉生が吐き捨てるように言う。

「ごめん。今日、一緒に寝られる気、しねーわ」

乱暴に言うと、琉生がドアに向かう。
普段私に向って、そんな言い方しないのに。

「どこいくの」

「フロントに行って、もう一部屋取れないか聞いてくる。俺、そっちで寝るわ」

振り向かずに琉生は出ていった。

バタン、と大きな音で閉まる扉。

私は、どうしたらいいのか、どうしたらよかったのか分からなかった。

けど、心の底に溜まっていたものは全部出したので、スッキリしている。

いつか、出さなければいけなかったものなんだろう。二人が次のステップに行く前に。

私は、当然のように志田くんにLINEをした。
さっき見た夜桜の写真を添えて。
声が聞きたかった。すぐに既読になったら電話をしようと思った。
いつものあの、明るい声が聞きたくて。
あの声を聞いたら、今の重たい気持ちもすこし和らぐと思ったから。だけど、志田くんとのトーク画面はいつまで待っても既読にならなかった。

しばらくベッドに潜って、LINEを見ていたが返信が来なかった。琉生も部屋が見つかったんだろう。帰ってこなかった。

私はシーツの冷たさを感じつつ、ダブルのベッドの端っこに丸まって朝を待った。


*** 次回更新は4月7日(水)の予定です ***

雨宮より:昨晩、この回を書いていたのですが、さとみの回想シーンが多い&エロくなってしまったので、書き直しました(仕事中に)。官能小説、というほどの技量はないのですが、noteで公開するには憚られるので(少ないですがリアルで知ってる人も読んでるから)、今日の夜か明日には手を加えて、初めての有料noteで出してみようかなーと思ってます。(逆にリアルな知人はお金を出してまで読まねーだろ、という算段)

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