私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #16 Ryusei side
アラサー・アラフォーが恋をしたくなる小説。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳。内緒で社内恋愛中。後輩の志田潤が出てきて波乱の予感。営業部の部長斎藤はそんな3人をほほえましく見ている。
※毎回1話完結なのでどこからでもお楽しみいただけます
年末年始は、相変わらず、ほぼさとみと一緒にいた。昨今の情勢のこともあるし、お互い実家は遠くないので、敢えて帰らずに済ませた。一緒に住むことも、俺はさとみの家族に挨拶したほうがいいんじゃないかと提案したが、さとみに断られた。
「うちのお父さん、厳しいから。たぶん許してくれないと思う。なんなら琉生殴られるかもしれないし」
「そんな、ドラマみたいなこと、経験してみたい」
俺がそう答えると、さとみは露骨に嫌そうな顔をした。
「マゾ?」
「いや、冗談だけど。前の彼氏ともそんな感じだったの?」
「うん。特に何も言ってない。引っ越しするって報告しただけ」
「ふーん」
なんとなく前の彼氏と同じパターンで同じ部屋に住むっていうのはいい気持ちはしない。
まあそこは、結婚するときに引っ越せばいいか、と思いなおし、あまり気にしないことにした。空いているショッピングモールや百貨店を回りながら、二人で必要そうなものを揃えていった。
「車買おうかなー」
ショッピングモールのフードコートで、俺は前から思っていたことを言ってみた。さとみに提案、という意味でもある。
「え?車?いる?」
「いるよー。こうやって電車で毎回買い物とか大変じゃない」
「逆に私は車の運転苦手だから、駅に近いところに住んでるし、あんまり不便は感じない」
さとみは、アイスティーのストローをくるくる回しながら言った。
「そっかあ。女子ってそんなかんじかあ。でも俺、家賃折半して、必要経費出しても多分余るんだよねー、たぶん」
「ちゃんと計算出来てて、琉生が欲しいんだったらいいんじゃない」
さとみからお母さんのような発言をされた。が、大きく反対されたわけじゃないので、俺の心が動き出す。
「じゃ、前向きに検討しよ」
旅行に行くときにレンタカーを借りたことはあるが、自分の所有物になるとまたワクワク感が違う。俺は、頭の中で、さとみとデートすることや近い将来結婚して子供が生まれたらを考えつつ、過去にイイなと感じた車を思い浮かべた。
***
「琉生さん、これ、総務のヨシダさんからっす」
短い冬休みが終わり、あまり正月感も引きずっていないいつもと同じ会社。志田が回覧と書かれた紙を渡してきた。
「回覧?もー、メールかチャットで回したらいいのに。俺のサインして回しておいて」
「うぃっす」
志田が汚い字で“ヨコイ”と、俺の名前を書いて、マルをした。
「ちょ。俺そんな字汚くないから。他人の名前ならもうちょっと丁寧に書けよ」
「細かいなあー、琉生さんは。じゃあ自分で書いたらよかったじゃないですか。ボールペンで書いたからもう消せません」
はあ。絶対、俺の字じゃないことがバレる、さとみに。そしてまた後輩をこきつかってるって小言を言われそう。
「あ、まー、さとみさんに字ぃ汚いって思われたら嫌っすよね。俺はバレてるけど」
「は?!」
今、聞き捨てならない言葉をきいた気がする。俺は志田の顔を見た。
「ちょ、お前なんで“さとみさん”とか呼んでんの。は?」
「え、俺わりと誰でも下の名前で呼んでますよ。琉生さんにだってそうじゃないですか」
回覧の用紙を丸めながら、飄々と志田が答える。
「いや、それはやめろって言ったのにお前が聞かないからじゃん。つーか、総務の、さ・・・佐倉さんまで下の名前で呼ぶか?!」
「この前、年賀状の件で印刷屋さん行ったときに仲良くなったんですよ」
「仲良く?!仲良くってなんだよ」
聞いてない。そんなことをは聞いていない。俺はギリギリと嫉妬心が沸き上がっていくのを抑えつつ、冷静を装って聞いた。
「んー、まあ、年賀状出来る間、いろいろ話したりー。そこから年末、総務に御礼いいに行ったらお菓子もらったりー。そんくらいです」
俺は嫉妬したことを恥ずかしくなるくらい、安堵した。脱力といっても、いい。
「あーそう。そんくらいね。つかお前、総務行ってお菓子もらって喜んでるって、まるっきり犬じゃねーか」
「よく犬っぽいって言われます」
志田が笑顔で答える。
「やっぱり言われてるんだ・・・・」
「でもさとみさん、美人ですよねー。彼氏いるのかなー」
いる。お前の目の前にいる。俺だ。俺はともかく、さとみが褒められてることでニヤけてしまいそうになるが、それを必死に抑えた。
「い、いるんじゃない?いるって聞いたことあるわ」
俺は白々しく答えた。とりあえず志田がさとみに興味を持つことは避けたい。
ふと視線を感じて振り向くと、斎藤さんがこっちを見て、ニヤニヤしていた。なんなんだ、あの人。
「えー、そーなんすかー。今度聞いてみよー」
「いや、いるって言ってんだから聞かなくてもいいじゃん」
「いえ、こういうことは本人から聞かないと。噂なだけかもしれないでしょ」
志田が食い下がってくるのがうっとおしい。俺はモロにうっとおしいという顔になっているだろうなと思いつつ、尋ねた。
「聞いてどーする」
「彼氏いなかったら、アプローチします」
「はあ?!お前何歳年下だよ」
予想外の志田の返答に、俺が慌てる。
「いやいや、琉生さんだって変わらないじゃないですか」
ヘラヘラ笑っている志田。おいおい、ちょっと待て。そういう問題じゃない。
「俺、年上としか付き合ったことないんで、大丈夫です」
聞いてないことをきっぱりと志田が言い切った。
「あー・・・なんかわかる・・・。いや、違う。大丈夫とかいう問題じゃないし、そんなことは聞いていない。つーか、なんで佐倉さんなわけ?ほかにいろいろいいるじゃん、女子なんて」
「えー、入社案内の時に超美人だなーと思っててー。絶対この人と同じ部署で働きたいと思って総務希望したんですけど、空きがないし基本新人の男はほぼ営業からって言われて、仕方なく営業にいるんです」
どこかで聞いたことがある理由に頭痛を覚えつつ、俺はここがどこだかをおしえなきゃいけないと思い、志田を睨んだ。
「仕方なくって・・・お前、それ周りの人に聞かれたら・・・」
上司の反応が怖いので、そっともう一度後ろを振り向くと、必死で笑いを堪えながらのたうち回っている斎藤さんが見えた。
あ・・・そ・・・。上司もそういう感じですか・・・。
「勝手にすれば。俺は知らん」
俺はいつものように冷たく突き放した。あー、やっといつもの感じ。
「はーい。あとでコレ返しに行くときに聞いてきまーす」
志田は笑顔で自分の席へ戻っていく。
ああ、なんかすごくややこしいことになる気がする。俺は大きくため息をついた。
まあ、いいや。さとみは俺と付き合ってるんだし、志田はフラれるだろう。
今日の夜、さとみに一応LINEで今のやり取り、いっておかなきゃな。
いや、今のほうがいいか。俺はスマホを手に取って、さとみのトーク画面を開いた。
*** 次回更新は1月11日15時の予定です ***
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