私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #5 satomi side
さとみ32歳、琉生25歳。社内恋愛中。週末はどちらかの家で過ごすことが多いが、今週は水族館でデート。※毎回1話完結なのでどこからでもお楽しみいただけます。
水族館に入ると、家族連れも多く賑わっていた。
「結構混んでるね」
さりげなく後ろに回って、私が人に当たらないようにしてくれる琉生。
「さとみ、ちっちゃいから。埋もれないように」
「埋もれはしないけど」
と、思ったら高校生くらいの5人組とすれ違って、よろめいた。
「ほら、危ない」
ぎゅっと肩を抱かれる。
「もっとこっちに寄ってないと」
「う、うん」
元カレはこういう気遣いというか、スキンシップがなかったから、32歳にして、ドキドキする。
さっき、私のほうが大人だし、って言われたけど
「・・・琉生のほうが大人だと思う」
「え?なんか言った?」
「ううん」
水族館の中はしばらく暗い。いつもは出来ないけど、今は琉生に委ねてしまおう。
私も離れないように、琉生のジャケットの裾をぎゅっと掴んだ。
「キレイだね」
「うん」
青い照明と魚がすいっと通るたびに立つ泡。
「あ、イワシの群れ」
「ちゃんと水族館でも群れになるんだね」
まるで群れが生き物かのように、ゆらゆらと形を変えて目の前を通っていく。
その中をエイが通り過ぎると、ぱあっとイワシの群れが崩れ、またもとに戻る。
小さなサメが足元を泳いでいく。
大きな水槽を見ていると、様々な魚が思い思いに生きていて、面白い。
こちらが見ているはずなのに、いつの間にか水の中に溶け込んで、ガラスの反対側にいる魚が私達を覗いているような、不思議な感覚に陥る。
「不謹慎なんだけど」
琉生が不意に口を開く。
「なに?」
「こいつら見てると、腹減ってくる・・・」
真剣に水槽を見ながらそう呟く琉生に、私は吹き出した。
「ほとんど食べる用じゃないと思うけど」
「いや、そーじゃない?っていうかなんとなく出てきちゃって、朝ご飯食べてない・・・!電車乗る前にどっか寄ればよかった」
「ちょっと早いけど、お昼ご飯食べに行く?ちょっと先にカフェスペースがあったはず」
「うん。賛成」
順路に沿って行くと、今までの雰囲気と一変する明るいエリアに出た。
奥の方にセルフ式のカウンターがあり、軽食が販売されている。
点在するテーブルではカップルや家族連れが楽しそうに会話をしている。
「何にする?」
「そうだなあ」
琉生がカウンターに置かれたメニューを見るためにかがむ。
その拍子にふわっと私の顔に琉生の髪が触れる。
こういう不意打ちがドキっとする。未だ慣れない・・・
「何?」
「何でも無い・・・」
「じゃあ、Aセット、コーラで。あ、ポテトはLにしてください。あとチキン2個追加。さとみは?」
「えっと・・・ハニーティーラテと・・・ポテトのS・・・で、お願いします」
「そんだけ!?」
「・・・足りなかったらもう1回頼む」
さっとお会計を済ますと、トレイを受け取って、琉生はさっさと席につく。
「そういえば、こういうデートって久しぶり」
琉生がハンバーガーにかぶりつきながら、言う。
「っていうか、3回目くらいじゃない?最初映画に行って、2回目が遊園地」
「そっかー。まださとみと付き合い始めて3ヶ月だもんなー。そういえば週末はだいたいさとみの家で死んでる気がする・・・」
「うん、琉生だけね。・・・営業、そんなにキツい?」
「んー、まー年末までにある程度数字作らないといけないしね。でもそんなのどこも一緒でしょ。うちの会社が特別ってわけじゃないから」
そこまで話してる間に、ペロッとハンバーガーを食べてしまった琉生は、ポテトをくわえながら、こっちを見た。
「クリスマス、イブは会える?よね?」
「・・・予定は何もないです」
「今年はイブが木曜日だから、イブ会って、25日は金曜日だから金曜日も会えるよね。で、土日も会える?」
「琉生・・・」
「ん?」
「琉生と会えるのは、すごく嬉しいんだけど」
「うん」
「琉生って友達いないの・・・?」
付き合い始めて3ヶ月。
まあ、私はもともとそんなに社交的じゃないし、友達と会うのも1ヶ月に1回くらいで。
大学時代の友達とか同じ会社の子だから、ご飯に行くくらい平日に適当に調整してるけど、毎週末私と会ってる琉生って一体・・・。
「友達はいるけど、さとみより大事な友達はいないから大丈夫」
ほらまた、そういうこと、きっぱり言う。
嬉しいけど、恥ずかしくて、でもやっぱり嬉しい。
この揺るぎない琉生の自信が、安心できるんだと思う。
でもいつもこういう事言われると、なんて返していい変わらなくて困る。
だから
「ありがと」
しか言えない。
「行こっか」
琉生はペロッと塩の付いた指を舐めると、席を立った。
***#6へ続く***
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