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私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #38 Satomi Side

アラサー・アラフォーが恋をしたくなる小説。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳。内緒で社内恋愛中。それを知らずにさとみを口説いている潤が二人の関係に気付く。潤は琉生に片思いをしている由衣と結託して、自分と付き合えるように画策している。
※毎回1話完結なのでどこからでもお楽しみいただけます

↓時間軸としては、こちらの話の続きです。よろしかったらこちらからどうぞ

あと少しで定時だったけど、あのまま会社に居られる状態ではなかったので、ヨシダさんに許可をもらって早退させてもらった。

そしてなぜか今、志田くんが目の前にいる。

会社から少し離れたところにあるファミレス。夕食時にはまだ早い時間なので、人はまばらだった。

「ここ、会社から徒歩圏内なんですけど、穴場なんすよ。駅から反対方向だからあんまり会社の人も来ないんです」

「そうなんだ。・・・ありがとう」

さりげなくそういう気遣いができる志田くんは、すごいなと思った。

「俺、もう一回飲み物取ってきますね」

志田くんがドリンクバーに向かう。私は志田くんが持ってきてくれた、ストローが刺さったままのウーロン茶を眺めた。

「夕飯にはまだ早いですよね」

コーラを置きながら、志田くんが言った。

「あ、なんか頼む?」

私はメニューを取ろうとしたが、志田くんに止められた。

「いや、まだいいっす」

そこからまた、沈黙が流れた。本当は私が何か喋らないといけないのかもしれないけど、どう説明したらいいのかも分からず。

というか、志田くんなら訊いてくるのかと思ったんだけど・・・何にも訊かないんだな。それが彼の優しさなのかもしれない。私はそう理解して、心を落ち着かせることに集中した。

今日はこれからどうしたらいいんだろう。琉生は今の時点で何も知らないわけで。

かといって、何事もなかったかのように家に帰れる自信もなく。琉生と顔を合わせて、冷静に話し合える自信もない。琉生に会ったらどうするんだろう、私。

由衣さんから聞いたことを淡々と話すのか、嘘をついている(かもしれない)琉生を問いただすのか。過去にあったことだと割り切って、今まで通り過ごすのか。少なくとも私と付き合う前の話であり、二股を掛けられていたとか、浮気されていたわけじゃないので琉生にものすごい罪があるわけではない。

ただ、嘘をつかれていたこと、由衣さんとのことが本当なら隠されていたことは納得できない。ただそれを理路整然と言える自信はなかった。

少し心の落ち着きが戻ってきたら、私はとても口の中が乾いていることに気が付いた。ずっと緊張していたのかもしれない。志田くんが持ってきてくれたウーロン茶のストローに口を付けた。

まだ冷たさが残るウーロン茶が喉を通っていく。そこで本当に落ち着けたように感じた。ふう、とため息をつくと、志田くんがこっちを見てニコっと笑った。

「俺まだいてもいいですか?いなかったほうが良ければ帰ります」

時計を見ると19時半を回ったところだった。2時間以上こうしていたらしい。

「ご、ごめんなさい。引き止めちゃったみたいで。何か用事あるなら、あ、あるよね。平日なのに、ごめんなさい。帰っていいよ、全然」

「全然用事ないです」

志田くんが笑う。

「全然用事ないから、さとみさんが帰るまで一緒にいてもいいですか?」

「え・・・あ・・・うん」

前のキスされそうになった時のことがあるから、避けられてると気がしたけど、そうでもないのか。あの時のことを思い出すと、志田くんと一緒にいてもいいのか、とも思った。が、今は誰かと一緒にいて、話したほうがいろいろ整理が出来る気もしたから、うんと言ってしまった。

「じゃあ、なんか食べていいっすかねー。さすがに腹減った」

志田くんはメニューを取るとペラペラとめくり始めた。

「志田くんは・・・彼女とケンカしたりする?」

「うーん。前に言ったかどうか忘れたんですけど、今は彼女はいなくて。ただ、思い返してみると・・・」

ちょっと考えて、志田くんが言う。

「俺はケンカしてるつもりないけど、相手が勝手に怒ってるってことは、よくあります」

あは、と志田くんが笑う。ちょっと、分かるかもしれない、と思ってしまった。何にも気に留めなさそうな志田くんと、いろいろ気にする彼女。すごく、想像できた。あまり男の人と恋愛話をすることがないので、私は志田くんの話に興味を持った。

「相手は、どんなことで怒るの?」

「えっとぉ。LINE返すの遅いとか」

「今ドキの若い子っぽい」

今度は私が笑う番だった。

「いやー、そうなんすよ。大学生ならお互い暇だからわかるんですけどねー。社会人になったら即レスとか無理じゃないですか。仕事の合間にちょっと読んで、返事返そうかと思ったら、上司に呼ばれてそのまま忘れちゃうとか、返した気になってたのに返してなかったとか」

そういいながら、志田くんはテキパキと店員さんを呼んで、自分の好きなものを注文していた。

「あと会う頻度が少ないとか、かな。前の彼女はアパレルだったんで、休み合わなくなっちゃって。結構俺は合わせてたつもりなんですけど、平日に有給取ってどっかいこうよー、って言われたり、でも俺も仕事あるから、無理っていうと不機嫌になるってかんじかなあ」

「ヤキモチ焼かれたりとか、その逆はないの?」

「えー、どうなんだろ。そういうところはサバサバしてる子選んでるつもりだったんだけど」

「そっかあ」

志田くんとはあんまり心の悩み的なことは、共感出来なさそうなので、私は自分の話をするのはやめた。一方で、ちょっと聞いてほしかったので、残念な気持ちにもなった。だけど、ここで悩みを吐露してしまったら、好意を持ってくれている志田くんを、また暴走させてしまいそうなので、踏みとどまった。

「ちなみにさとみさんは」

志田くんが少し真面目な顔で私を見た。

「彼氏さんとケンカしたりするんですか?」

「・・・・・・」

私は即答出来なかった。琉生とケンカ、は、したことがない。けど、今日、帰ったらするかもしれない。でも、やっぱりしないかもしれない。

「俺の思い過ごしというか、勝手な想像かもしれないんですけど」

志田くんが遠慮がちに口を開く。

「さとみさんって、言いたいこと、飲み込んでること多くないですか?彼氏さんにも、そうなんじゃないかなあって思って・・・勝手に想像しちゃうんですけど」

「それは・・・」

図星だ。それは琉生にも、志田くんにも。いや、誰にでもそう。本当に感じてることも、私が言わなければ丸く収まると思ってしまう。

「言いたいことがあれば、言ったほうがいいですよ。それでダメになるんだったら、それまでの関係じゃないですか」

志田くんは私をまっすぐ見て、そう言った。

*** 次回は3月3日(水)15時更新予定です ***


雨宮より(あとがき):さとみと潤の話はつい書きすぎてしまいますね。ちょっと前にさとみは私を投影してるのか、と聞かれたのですが、全くそんなことはなく、ただ、こういう控えめな女性になりたかった、という気持ちで書いているところはあります(笑)

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