私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #2 ryusei side
会社の総務っていうのは、何か行きにくい。
自分の部署と違うというだけではなく、堅そうだし、暗そうだし。
でも入社直後は、やれナントカの書類を出せだの、保険証がどうのとか、年金手帳持ってこいだの、やたら用事がある。
いるのはいつもオジサンかオバサンだし、どうにかならんのか。
「すいません。営業の横井ですけど、サクラさん、いますか?」
「あ~今休憩中だわ。なに?書類?預かっとくよ」
くそっ。今日もジジィかよ。
入社して何度目かの総務へ書類を出しに来たのに今日も“あの人”には会えていない。
いろいろ時間を変えて来るようにしてみてるけど、そろそろネタがなくなってきた。
「あー、すいません!先輩から電話きたんで、出直します!」
嘘だけど。貴重な1回のチャンス、ジジィに渡せない。
「あ、私・・・戻りました・・・」
「わ!」
「あ~サクラちゃん、お帰り。ちゃんと休憩できた?」
振り返ると、“あの人”がいた。やっと会えた。入社式以来。
「・・・サクラさん・・・」
「はい?」
心底驚いた顔だった。えっと・・・何で?
「あ、ああ。新入社員の横井さんですね。何か」
「あ・・・これ渡しに来たんですけど」
ちょっと名前を覚えていてもらえたのが嬉しい。って総務だから当たり前か。
「ありがとうございます、確認しますね」
“サクラさん”は書類の枚数を数えている。きれいな指、長いまつ毛。
自分が長身だから、どうしても見下ろす感じになってしまうんだけど。
いくつぐらいなのかな。まあ、俺より確実に上だと思うけど。2つ?3つ?
「あの」
申し訳なさそうに“サクラさん”が顔を上げる。
「何度も申し訳ないんですが、書類が1枚足りないみたいで。右端に印鑑押さないといけないもの、封筒に入ってなかったですかね」
「あ、あー。あったかなあ?ちょっと家帰ってもう一回見てみます」
今日も会えなかった時のために、一枚置いてきたんですすいません。
とは言えないので、うっかりしたかも、というフリをした。
「あのー・・・つかぬことをお伺いしますが」
「はい」
「サクラさんて上の名前ですか?下の名前ですか?」
「え・・・あ、上の名前です。にんべんに左、って書いて、難しくないほうのくら、です」
「ああ、なるほど」
ずっとどっちか分からなかったからスッキリした。
「総務の人間の名前を覚えてくださってる人って少ないので、ちょっとびっくりしました」
ああ、だからさっき驚いたような顔してたのか。
「でも普通、下の名前ではあんまり呼ばないですよね」
「確かに」
アホだ、俺。ちょっと考えればわかるのに。
でもその会話で“佐倉さん”が笑う。俺もつられて笑う。
「ちなみに下の名前も聞いていいですか」
“佐倉さん”は怪訝そうな表情になった。
あ、普通、下の名前とか聞かないよな。どうやって誤魔化そうと思ったら、“佐倉さん”が口を開いた
「・・・さとみ、です。ひらがなで」
「そうなんですね。いい名前ですね」
「・・・・・・」
全く、何にも、どこも、褒めポイントになっていないのに、思わず口からでたのがそのチープな返し。最悪。全然気の利いた会話になってない。
「あ、いや、ひらがなの名前っていいじゃないですか、なんか、あの、やわらかいかんじで」
慌てて取り繕うと、“佐倉さん”はくすっと笑った。ちょっとずつ、そうやって笑ってくれるのが嬉しい。
「そうですか?ありがとうございます。横井さんの“琉生”さんっていうのも、きれいなお名前ですよね」
「そうですか?ありがとうございます」
「横井さんは何で私の名前覚えててくださったんですか?」
「えっと・・・なんでだったかな・・・誰かがそう呼んでたと思うので」
半分本当で半分嘘。まだ就活の時に会社訪問した時に案内してくれたのが“佐倉さん”で、最初に自己紹介してくれたからだ。今思えば、一目惚れだったのかもしれない。
「あ・・・ああ、そうですよね、会社ならそういうことありますよね」
あれ、ちょっとなんか変な空気?なんか間違ったかな。
「じゃあ、俺これで、戻ります」
「はい。ありがとうございました。もう一枚書類、待ってますね」
俺は会釈だけして、自分のデスクのあるフロアに戻った。
***
「なんか、初めて会った時のこと、思い出してた」
俺はコーヒーを淹れてから、先に起きてたさとみの前に座った。
「総務で名前聞いてきた時?」
「いや、もっと前」
「え?それ初耳」
「会社案内、してくれたじゃん。就活の時」
「う・・・ごめん・・・それは覚えてない・・・。毎年、何十人も相手にするし・・・」
「いや、まあ、いいんだけど」
そんな気はしてたけど、軽くショックだった。
自分で言うのもなんだけど、長身だし目立つほうだと自惚れていたのかもしれない。
「琉生、記憶力いいね、私の名前も覚えてたし」
「え、いや、まあ」
好きになった人なら覚えるっしょ。
だって初めてさとみを見た時、こんな綺麗な人いるんだ、って思ったし。
ドアを開けてくれるしぐさとか、エレベーターでボタンを押す指とか、横顔とか(真正面から顔は見れなかったけど)全部俺好みだと思った。
まさかその時は7歳も上だとは思わなかったけど。
「私は・・・琉生の第一印象はちょっと怖かったかな」
「え?!そっちのほうが初耳」
うーん、と言葉を選びながら、さとみが言う。
「だって背、高いし、それだけで威圧感あるのよ。私みたいな小柄の人からすると。あと、あんまり笑わないし。いつも不機嫌そうな子だなあって思って見てた」
「そうなの?」
自分の中では最高にフレンドリーなつもりで接してたのに。軽く、いやかなりショックだった。確かに不愛想って言われることは多いけど、さとみにそんな風に接していたつもりはなんだけどな。
「もうちょっと笑ったほうがいいよ」
さとみがまた、俺の好きな笑い方で笑った
***#3へつづく***
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