私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #21 Ryusei side
学生の時から一人暮らしをしている。初めて一人暮らしをした時は何もない部屋に必要なものを少しずつ揃えていくだけだった。
が、さとみと一緒に住むとなると、殆どのものが要らない。
冷蔵庫や電子レンジ、ベッド、買ったけどほとんど乗ってない自転車、雑誌、着ていない服。
そんなにモノを持っていたつもりもない。シンプルに暮らしていたつもり。男の1人暮らしで、引っ越しなんて、たいしたことないだろう。そう思っていたが、意外とモノが出てくる。
18歳の時に借りた、、空っぽのワンルームマンションは、いつの間にかモノが溢れていた。
毎日20時すぎまで仕事をして、日中は粗大ごみの回収を頼む電話をしたり、あっという間に毎日が過ぎていく。実際さとみの部屋に持っていくものは、洋服など身の回りのものだけでいいと考えているから、一日車を借りたら事足りる程度だ。
シンドイと思うこともあるけど、さとみと一緒に暮らせるなら全然頑張れる。
「私はほぼ毎日定時に帰れるから、何かしておくことあったら、するよ?」
さとみは事あるごとに声を掛けてくれるが、その段取りをする時間も取れなくて遠慮した。
正直なところ稀に、誰のものか分からないピアスとか、服とか、ちょっとさとみに見られたら困るものが出てくることがあるので、断っている。
(というかまだ“元カノ”ならいいんだけど・・・本当に誰かわからないものは説明のしようがない)
この前も、ベッドの下からストールが出てきた。
「あ・・・」
これは由衣のだ。
由衣は同期で、さとみと付き合う直前に少しだけ付き合っていた時期がある。
いや、3ヶ月くらい付き合ってるのか付き合ってないのかよくわからない関係だった時期があり、結局俺がさとみが好き過ぎて別れたんだけど。
***
「絶対、あのストール、琉生の家にあるはず。だって最後に琉生の家にいってから無いんだもん。探させてよ」
会社の廊下で、誰もいないことを見計らって由衣に詰められた。
「いや、ほんと、知らないし。見たけど、なかったって。マジでもう新しい彼女出来てるから、家来るのはやめて」
由衣と付き合ってたのは一瞬だったので、さとみには言っていない。由衣にも固く口止めしているので大丈夫だと思っているが、万一鉢合わせすると思ったら、ゾッとする。
「わかった、あったらちゃんと渡すから」
「絶対ね。勝手に捨てたりしないでよ」
そう約束してたぶんもう1年以上経つ。
「まあ、いいか」
またこれを由衣に渡しに行くのもめんどくさい。それを誰か(特にさとみ)に見られるのも困る。
どうせ由衣も忘れてるだろう。
俺は白い麻のストールをそっとゴミ袋に入れた。
***
「琉生、このクライアントさんの広告なんだけどさあ」
「由衣?!」
翌日、廊下で由衣に呼び止められた。しばらく仕事ではかかわりがなかったので完全に油断していた。なんだ?昨日捨てたストールの呪いか?
「あ、あたしここのデザイン担当になったから。よろしく」
「あ、ああ」
う・・・。こんなことならあのストール、取っておけばよかったかもしれない。罪悪感に苛まれる。今頃、俺の家のゴミと一緒に収集車で運ばれている頃だろう。
「何?なんか挙動不審に見えるんだけど、なんかある?」
「いいや、ないよ」
「ふうん」
由衣はテキパキと仕事の話を進める。自分がすべて正しいと思っていて、強気で、全部思い通りにしていく人物。さとみとは正反対だ。
「・・・て、ねえ、聞いてる?」
「ああ、聞いてるよ。そこは由衣に任すわ」
「琉生っていっつもそうだよねー。仕事くらい主体的に動いてほしいわ」
いやいや、俺、すごい主体的に動いてるし。
と思ったけど、確かに思い返せば、由衣と付き合っている時や仕事をしている時は任せっぱなしかもしれない。
「そこは由衣がデキるヤツだからだよ」
俺は本心からそう言った。しかし由衣はわざとらしくため息をついて、資料を丸める。ポンポンと資料で手を叩きながら言う。
「おだてたって何もでないからね。ま、いーわ。じゃあこれ、ラフ出来たら琉生に回すし、斎藤さんにも確認してもらってね。じゃ!」
「はいよ」
俺は由衣がデザイン部に向かったのを確かめると、自分の席に戻ろうとした。
「あ、そういえば」
由衣が振り返る。
「まだ“新しい彼女”とは順調なの?」
ギロっと睨む目がさらに何かを言いたげだ。
「じゅ、順調だよ。来月から一緒に住むし」
そう答えるしかない。本当は彼女は総務のさとみだと付け加えたいくらいだが、それはぐっと我慢した。
「ふうん。そう。別れてたらもう一回声掛けようと思ってたのに、つまんないの」
「お前も俺に固執してないで、次の奴見つけろよ」
「言われなくても探してます!だったら琉生が誰かカッコいい人紹介してよ」
あ、俺はピンときた。
「志田とかどお?アイツ、ちょっと前に彼女と別れたらしい」
志田は顔もいいし、名案だと思ったのだが、由衣は露骨に嫌そうな顔をした。
「えー、やだ。あの犬みたいな子でしょ。うっとおしそう。私、琉生みたいにクールな人がいいの」
「はっきり言うなあ」
俺は苦笑した。あいつ、誰からも犬だと思われてるんだな。
「別れたら、いつでも連絡して」
由衣はそう言い残すと、デザイン部に向かって帰っていた。今度は振り返ることはなかった。
*** 次回は1月22日(金)更新予定です ***
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