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京の師走の風物詩「大根焚き」は、ブルブル震える寒さの中でも、長蛇の列

 拙著「京都祇園もも吉庵のあまから帖」シリーズでは、スイーツや気軽に食べられるランチメニューを、さりげなく物語の中に編みこんでいます。

 さらに、京都のお寺や神社、そして、桜や藤、桔梗などとの花も紹介するので、作者としては毎話、四苦八苦です。

 

 もちろん、すべて実際に訪ねたところしか書きません。

 私は、京都人ではないので、万一、間違ったことを書いてしまうと、

京都に住む方たちに失礼であることはもちろん、指摘を受けるかもしれないからです。

 

 第2巻の中で、千本釈迦堂の「大根焚き」という行事を描くことになりました。

 そう決めたものの、気が進みません。

 なぜなら、私は寒いのが大の苦手。

 かなり並ぶと聞いていたので、臆してしまいました。

 エイッと重い腰を上げて、出掛けてみると・・・。

 

 やっぱり、長蛇の列で、境内の外の通りまでグルリと行列ができ、溜息が出てしまいました。寒さの中、小一時間ほど並んだでしょうか。 

 その末にいただくことのできた大根とお揚げさんは、この世で最高のご馳走に思えました。

 

 「京都祇園もも吉庵のあまから帖」第2巻の、「大根焚き」のシーンを、一部転載させていただきます。

 想像を巡らせて、「大根焚き」を楽しんでいただけたら幸いです。

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 「熱っ熱っ……」

「美都子、あんた気ぃつけぇや、舌やけどするさかい」

と、もも吉に注意されたが美都子は箸を休めない。

「待ち遠しゅうて、つい。フーフー……ああ~お母さん、温まるなあ~」

「ほんまやなぁ、身体の芯まで温うなる」

大きな器に、分厚く輪切りにした大根がゴロリと三つ。それに、お揚げさんが一枚。いずれも、よぉ~お出汁が染みている。

「奈々江ちゃん、三つも食べられる?」

「おおきに、美都子さんお姉さん。とても美味しゅうおす。田舎を思い出してしまいました。お婆ちゃんがよく大根と魚の汁、作ってくれはったから」

美都子は夢中で箸を口に運んだ。

「大根がこないに美味しいって思えるのは不思議やなぁ、お母さん」

「ひょっとしたら、中村楼さんや吉兆さんの料理よりご馳走かもしれへん」

 

菅原道真公をお祀りする北野天満宮から、東へ歩いてほどない距離。

美都子ともも吉、そして奈々江は大報恩寺の境内にいた。鎌倉時代に開かれた由緒あるお寺で、京都の人には千本釈迦堂とも称され親しまれている。

京都へ初めて仕事で訪れた人が、老舗の商家でこんなやりとりをして戸惑ったという。

「古いお店ですね」

「それほどでもあらしまへん」

「でも、この柱はいかにも……」

「みんな戦争で焼けてしもうて」

おかしいな……少なくとも百年以上は経っているように見えるけど。そう思い、聞き返す。

「戦争って、太平洋戦争?」

「違います」

「ああ、明治維新の時の鳥羽伏見の戦いとか」

「いえ、応仁の乱どす」

もちろん、ジョークである。だが、幾度も戦火に見舞われ、町じゅうが丸焼けになったのは事実。ゆえに、そんな話がまことしやかにささやかれるのが、京都の町なのだ。

しかし、この千本釈迦堂の本堂は応仁の乱でも焼け残った。市内で一番古い建物として国宝に指定されている。にもかかわらず……日ごろ、観光客はほとんど訪れない。

ところが、である。十二月の七日と八日は、大勢の人が参拝に訪れる。京の師走の風物詩である「大根焚き」が催されるからだ。ここには、旅人の姿は少ない。大半が地元の人たちだ。それだけ京都に住まう人から信仰を集めていると言っていいだろう。

 

美都子は、今年も母親のもも吉と「大根焚き」に訪れていた。

境内は、人、人、人であふれかえっている。本堂の前では線香の煙が立ち上る。その脇には、お守りや梵字の経文が書かれた生の大根が並ぶ。

ところどころに、老舗の和菓子屋、漬物屋などが出張販売の店を出している。長い列に並ぶのに飽きた参詣者は、連れの者を列に残して交互にお土産を買ったりして時間をつぶす。ようやく順番が来て大根を受け取れた人たちは、所狭しと並べられた床几に座って、フーフーしながら食べている。

(中略)

 

美都子が、だし汁をすすりながら、

「行列に並んでる時は、足元からしんしん冷えてきてかなわんかったわぁ」

と言うと、もも吉が切り返す。

「何言うてるんや。辛抱したおかげで、美味しいんやないか」

「ほんまや、辛抱してよかった。その分、何倍も美味しいわ。久美子さんお姉さんにも、食べさせてあげたかったなあ」

そう言う美都子に、もも吉も頷く。久美子とは、もも吉らと同じ祇園甲部の元・芸妓のことだ。若い時分に東京の華道の家元に嫁いだのだが、毎年、暮れになると京都へ里帰りをする。その際、三人で大根焚きに来るのが決まり事のようになっていた。

「なんや用事が入ったとかで、急に来られんようになったらしいんや。悔しがってたでぇ」ともも吉。

(中略)

「えらい忙しいお人やさかいに仕方おへんなあ」

もも吉は微笑み、奈々江にやさしく話しかける。

「ええか、覚えときなはれ。大根焚きいうんはな、お釈迦様が『さとり』を開かれた日にあやかって始められたものなんや」

奈々江は、ぱっちりとした丸い瞳でもも吉を見つめて尋ねた。

「どんなご利益があるんどすか」

「中風封じに効く言われてる。いわゆる脳卒中やな。その他、どんな病気でも治してくださるそうや。この寒空の下で、これだけ汗かくほど温うなるんやから、効き目は間違いなくありそうやな」

美都子が言う。

「奈々江ちゃんのお爺ちゃんの病気のこと、一緒に祈ってあげるさかい、残さんように食べてしまい」

「はい! 美都子さんお姉さん、おおきに」

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