原稿の執筆速度が遅くなって、悶々としていたけれど・・・ところが!
「一冊でもいいから本を出したい」
その願いがかなったのは、もう25年も前、40歳の時のことでした。
当時はまだサラリーマンをしていたので、帰宅して夕食を終えるとすぐにパソコンに向かいました。毎日、毎日、自分でも、驚くほど原稿が進みました。
たぶん、「夢」という目標がエネルギーになっていたのでしょう。
「書きたい!」という熱意がどんどん高まり、10冊、20冊と、著作数は増えていきました。
どの出版社の編集者さんからも、
「志賀内さんは締切りを守ってくれるからありがたいです。
それどころか、ずっと前倒しで入稿していただけるから嬉しいです」
と、言われてきました。
ところが、10年ほど前から、徐々に執筆のスピードが遅くなって来ました。
そうです。
老化です。
まずは、集中力が続かなくなりました。以前は、夢中で書いていて、気が付くと3時間経っていたなどいうことが珍しくありませんでした。
それが今では、まずパソコンに向かって、書き始められるまで最低でも30分はかかります。エンジンがかかるまで、メールチェックをしたり、アマゾンで買い物したりして「気分が乗って来る」まで、じっと待ちます。ひどいときは、一行も書けずランチの時間になってしまうことも。
ようやく、書き始められたとしても、1時間も経たないうちに、言葉が出て来なくなります。
例えば、「溺愛」という言葉がしっくりこないので、他の言葉に置き換えられないかと、類語を調べます。すると、「盲愛」「猫かわいがり」という言葉が出できます。でも、それでも何か合わない。「う~ん、他に何か言い換えられないか」と考えるのですが、脳みそが疲れて言うことをきいてくれません。そうなると、もういくらパソコンに向かっても時間の無駄。とにかく休憩して、クールダウンさせるしかありません。
そんなことを一日のうちに何度も繰り返していると、疲れて身体のあちこちが痛みだします。首、肩、腰・・・。それではもう良い物は書けません。仕方なく、接骨院の先生にマッサージをしてもらいに飛んで行きます。
さて、拙著「京都祇園もも吉庵のあまから帖」シリーズは、2019年9月20日に第1巻が発売になりました。おかげさまで好評で、2025年の春には、第10巻が発売の予定です。
元々は、月刊「PHP」誌の連載小説だったので、初出からすると6年以上も書き続けていることになります。
第1巻を書き上げた頃のことを、はっきりと覚えています。
「俺って、やっぱり筆が早いなぁ」
と。ところが、第2巻、3巻と進むにつけて、筆が止まることが多くなりました。それは、前述の「老化現象」ではありませんでした。一行、一行の言葉を、「ちょっと待てよ」と考え直すようになったのです。
一行ならまだいい。
半分以上も書き進めているにもかかわらず、
「ちょっと待てよ、本当にこのストーリーでいいのだろうか」
「もっと良いエピソードを盛り込めないかなぁ」
「いやいや、このシーンは展開が甘い」
なとど、思い始めると筆が止まってしまうのです。
パソコンを前にして、唸ります。
「もっと良く、もっと面白くしたい!」
と。書斎でのたうち回り、悶々として時間が過ぎて行くことになります。
つまり、書けば書くほど、巻を重ねれば重ねるほど、自分に対する妥協点が高くなっていく。読者をもっと感動させたい。少なくとも、期待を裏切ることだけはしたくない。そういう思いが、筆を遅くさせるのです。
気が付くと、原稿が早いことが自慢だったにもかかわらず、日に10枚書けたら最高。ダメな日には、原稿用紙1、2枚。平均して5枚くらいというようになってしまいました。
もっともっと、たくさんの小説を書きたい!
その思いとは裏腹に、書けない毎日に苛立ち落ち込むのでした。
そんなある日のことです。
一冊の本に出合いました。
映画化にもなった「虹の岬の喫茶店」「夏美のホタル」などのベストセラー作品で有名な、森沢明夫さんの「プロだけが知っている小説の書き方」(飛鳥新社)です。
ここに、一日5枚書けたら充分、それを毎日、コンスタントに書けることが大切、書かれてあったのです。
「そうか、大人気作家さんでも5枚なんだ」
と思うと、ホッとして、力が湧いて来ました。
たちまち元気になった私は、もっともっと面白いストーリーを!と妥協しないように努め、ますます一行にこだわるようになりました。
でも、出版には締切りというものがあります。
5枚では間に合わない。
今日も、悶え苦しみつつ、格闘するのであります。