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ヤングケアラーのリアル


今回は,ヤングケアラーとして6年過ごした私のリアルな経験談を書きます✏︎

ヤングケアラーって何?

ヤングケアラーとは、大人の代わりに家事や育児,介護を担う子どものことを言います。

大人の役割を背負い,子どもが本来うけるべき義務教育の妨げになったり友人と遊べなくなるといった問題が生じます。

6年間ヤングケアラーでした

私は小学2年生から中学1年生まで,6年間,弟たちの世話と家事全般を請け負っていました。私が小学2年生の時,弟たちは2歳と3歳くらいでした。

登校前にお弁当を作り保育園に送る

小学校に行く前に,保育園児だった弟たちのお弁当を作り保育園に送っていました。(週に何回かお弁当の日があった)

保育園に送ってからの登校になるので,ほとんど毎日遅刻していました。

それ以外の朝晩の家族の食事作り、掃除洗濯買い出しといった全ての家事をしていたため,眠たかったり疲れていたり時間がないと欠席することも多々ありました。

けど苦痛というわけでもなかった

私が親の代わりに家事育児をするのは,当時の私は当然のこと,仕方のないこと,と思い込んでいました。
というのも,母は精神疾患で。寝たきりになったり,時には男性と遊び歩いたり,子どもたちが憎くていらない存在だったり。

ママは病気だから仕方ないの。産んでやったんだから助けてくれるのは当然だよね?」

というのが口癖でした。

私が全てやるのが当然。疑いもしない。
だから苦痛でもなかったのです。

それからお小遣い。
食材の買い出しや日用品の買い出しなども全て私が担っていたのですが、家に置いてある沢山のお金から使うように言われていました。

「お釣りはすきにしていいよ」と。
父は建設業の社長で、お金だけはすごくある家でした。だから私は多めにお金を持って買い出しに行き、好きなお菓子や文房具など沢山買っていました。それに対して怒られることも無く。(というより私に興味が無いから知りもしない)

それもあって、ヤングケアラーということ自体に当時は、すごく苦痛を覚えていた訳では無いんです。

私の存在価値だから

むしろ苦痛では無いというより、喜びさえ覚えていた?   異常な洗脳です。

私が家事育児を担い,母を助けることは私の存在を肯定することでした。
全てやっているからこの家にいてもいい。生きていていい。
そう思い込んでいました。

全てやってたって、毎日暴言暴力はあったのに。
それでも少しでも役に立って母を助けて、それで自分は存在しててもいいと必死に言い聞かせてたように思います。

学校にも居場所はなかった

学校に行っても,うまく馴染めませんでした。
ストレスによるチック(大きく口を開ける)があったり,人が怖くて常に怯え,挙動不審だったり,人間関係が上手く構築できない。
そもそも休みがちだったし。

それに、幼い頃から親の顔色を伺い空気を読み自分を殺して全てに耐えていた私は、同世代の子達よりずっと大人びていたから……合わなくて。

友達なんていませんでした。
だから、家事を言い訳にして学校を休めるとすら思っていました。

でもやっぱり孤独で

家事なんて誰が教えてくれたわけでもありません。気がついたらなんでもできるようになっていましたが,最初は失敗ばかりで孤独でした。

誰かと普通の会話をすることもほとんどない。
遊ぶこともない。ひたすら家のこと。

でももちろん誰も褒めてくれないし、手伝ってくれないし愛してくれないし。
寂しかったです。

孤独を感じた初めての揚げ物

小学2年生の時,唐揚げを作ろうと思ったんです。
でも作り方は誰も教えてくれない,当時携帯も持っていない。
イメージで作り始めました。

揚げ物ってたくさん油が必要じゃないですか。
こんなに油を使ったら親に怒られる!と思って,なんと途中で水を足したんです。

それはもうバチバチバチッ!!!!と爆発音のように音を出し油が跳ねました。
今思えば本当にアホですが,当時小学2年生だった私には想像ができませんでした。幸い大火傷などはしませんでしたがとても怖い思いをしたのを鮮明に覚えています。

しかも,衣をつけて揚げるなんて思わず,お肉を素揚げして不味い謎の物体が出来上がってました笑

ヤングケアラーなんて概念が当時はなかった


小学校3.4年生くらいのお姉ちゃんが、お弁当を作って毎日幼い弟たちを保育園に送り迎えをしていたら。現代なら直ぐに通告されるでしょう。

でも当時はヤングケアラーという言葉が無かったのです。お母さんは?って聞かれることはあったと思いますが、病気だと答えれば「お手伝い偉いわね、大変ね」くらいの反応だったと思います。

小学校4年生で一度児童相談所に保護されますが、ヤングケアラーが理由ではなく暴言暴力が理由の通告・保護でした。

※一時保護所については別の記事で投稿しています

まとめ

私のヤングケアラー時代の生活や気持ちはこんな感じです。
すごく辛かった訳では無いのね?と思うかもしれませんが、今振り返ると有り得ない日々だったともちろん思います。

ヤングケアラーじゃなければ、普通に学校に通って友達と遊んでいた
うちはヤングケアラー以外に虐待があったので分かりませんが、少なくとも今よりもっと義務教育を受けることができて基本的な知識や常識が身についていたはずでした。

以上が、ヤングケアラーとして6年間すごしたリアルなお話でした。 もっと知りたい!とか他にも何かあれば気軽にコメントください♩

同じような環境にいる・いた人達に共感を与えられますように。
情報を欲している人に届き、役に立てますように☘




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