臆病者の恋
その人は街の百貨店の販売員をしていた。
笑顔が素敵で、性格は明るく朗らか、いつも色んな事にチャレンジして、自分と同い年なのに、しっかり者で尊敬もできる人だった。
初めて会ったのは、自転車で一緒に動物園に行こうと約束した日だった。
最初の印象はお兄ちゃんに似ていて安心したって言ってたっけ。
それから、お洒落なランチやカフェにも行ったし、少し遠出してショッピングに行ったり、夏はテニスや登山で汗を流したり、秋には紅葉ドライブや日帰り温泉にも行った。
何処に行っても、何をしていても、一緒にいる時間は尊くて、いつだって楽しかったし、毎日でも会いたいと思ってた。
きっと、それは、紛れもなく恋をしていた。
けれど、分からないことが一つだけあった。
彼女にとって、自分はどんな存在?
恋愛経験が無かった自分には、心の奥底に恋心を潜ませながら、気持ちを伝えることすら憚られた。
居心地が良いこの関係を壊したくなくて、気持ちを伝えることでギクシャクすることを案じていた。
ある日、彼女からのメールで、ある男性と交際していることを知らされた。
すぐに彼女に電話をして、自分の心の奥底にあった恋心にムチを叩いて、慌ただしく好きという気持ちを伝えた。
分かってる、もうそんなの手遅れだって。
でも、気持ちを伝えることで自分の恋に決着をつけようとしてた。
今思っても、とんでもなく臆病で、自分の都合しか考えない、サイテーな男だった。
それから暫く経った翌年のことだったと思う。
結婚の報告が綴られた写真付きのハガキが届いた。
そこにはドレスに包まれた幸せそうな彼女と、結婚相手との写真が添えられていた。
色んな感情が芽生える中、一切の感情を全力でフリーズさせながら、幸せを願う言葉を振り絞っては綴り、1人の友人として返事を書いた。
彼女とのストーリーはここまで。
あれから早20年近く経ちましたね。
あなたが務めていた百貨店はとうに閉店しましたが、まだ、あの街に居るのでしょうか。
きっと元気な子供も授かったことでしょう。
持病がありましたが、健康で素敵な家庭を築いていること、心から願っています。
親愛なる...