流動性がないと組織が淀むから専門職はスペジェネ両方であるべき
「医療専門職のスペジェネ論争」には、個人的なキャリアという意味では自分の中である一定の答えが出ていますが、今回はそれを組織論的にも捉えてみたいと思います。
組織的に捉えたとしても結論は一緒であり、「ジェネラリストでもあり、スペシャリストでもあれ」でございます。
医療の現場、とりわけ医療専門職の現場は、流動性がありません。故に組織が硬直化する傾向にあります。
皆さんご存知のように、臨床検査技師が、臨床工学技士の部署に異動したり、理学療法士が放射線技師の部署に異動したりすることは、まずありません。逆もまた然りです。
なぜなら医療専門職は、国家資格を持つ集団という部署に所属しているからです。
となると、部署を異動するという流動性を作ることはなかなかできません。
実際の業務は、その部署から医療を行う「場」に派遣されます。
例えば、前述でいうと、臨床検査技師は採血室や病理検査、生理検査、カテ室などの「場」に派遣されます。また、臨床工学技士はオペ室、カテ室、透析室などの「場」、放射線技師はCT室、MRI室、カテ室、オペ室など、理学療法士は病棟という「場」に派遣されます。
このように、自身の職域に定められた業務を、派遣された「場」で行います。
カテ室やオペ室のように他職種が入り混じる、という意味で一見流動性があるように見えますが、行うことができる業務や役割は明確に分かれていることが多いです。
それはそのはずで、それぞれの国家資格で定められた業務範囲は多少かぶる部分もありますが、明確に分けられているからです。
部署の方針によっては、ある人が派遣される「場」がいつも一緒、という流動性の無さも加わることがあります。
例えば、臨床工学技士だと「カテ室」という場にしかいかない、「カテーテル業務」しか行わない、となると流動性が全くなくなります。
こうなると、その場で仕事をしている集団は、いつも一緒という状況になります。
部署の運営的には、流動性がないほうが楽になります。
一度、業務を教えて遂行できるようになれば、その場に派遣し続けている限り、教育をしなくて良くなります。
スタッフにしても、また新たな業務を覚えるために「新人」になる必要はありません。
また、その業務に精通しやすくなるので、スペシャリストになることはできます。
しかし、そのメリット以上に流動性がなくなることは、組織にとって下記に挙げるように、水が淀んでいくような、大きなデメリットになると思います。
いつも同じメンバーで、同じ業務を行なっていると、変化が起きないため、改善、改革がおきない
縄張り意識が出てきて、同じ部署なのに、他の業務を行なっている人を攻撃しはじめる
目的が自分の業務を守るだけの内向きになり、顧客(患者や他職種)のことを考えられなくなる
自分に痛みが伴う変化を嫌うようになるため、全体(病院や部署)最適を考えられなくなる
ある一定の変化(トップが交代する、誰かが抜ける、業務の変更など)が起きると、疑心暗鬼になる
ここまで具体的に事例を列挙したのは、筆者自身もその流動性がない組織にいて、このようなムーブをしたことがあるからです。
今考えると愚かな動き方をしたと思いますが、その組織の中にいると、目の前のことしか見えず、このような動きしかできなくなっていくのを身を持って経験しました。
特に医療専門職は、「スペシャリスト」という言葉に甘えて、一つのところに留まる傾向があります。一定の専門性や、教育コストのかからなさという効率性は得ることができますが、やはりそれ以上に組織が淀んでいくという、デメリットのほうが多いのではないかと思います。
専門職の部署から異動という流動性の高め方が難しいからこそ、ある一定の専門性を身につけてスペシャリストになった後でも、ジェネラリストとして様々な業務を経験しつつ、その専門性も汎用性をも育てていく、ということが組織にとっても個人のキャリアにとっても良いのではないでしょうか。
また、国家資格で定められた業務以外を行う、という選択肢もあります。
筆者自身も臨床工学技士という国家資格を保有しながら、現在は資格とは関係のない医療の質を改善するという部署に異動して業務をしていますが、視点が広がったような気がします。
意図的に組織としても流動性を高めて、変化を起こし、濁った水ではなく、透き通った水のような場所でしっかりと粛々と泳いでいきたいと思います。