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医療における「仕事の範囲」は「野球の守備範囲」であるべき

病院で医療の質を改善するにあたり、他業界のことも勉強せねばなりません。

車の生産で世界に誇るトヨタ自動車のことを知らないで、質管理について語ることはできないと思い、大野耐一元トヨタ自動車副社長著「トヨタ生産方式」を読んでいます。

その中で、印象的だった文脈があったので、ご紹介したいと思います。

それは、医療業界の縦割りにメスを入れ、タスクシフトシェアを進めるうえで重要な考え方です。


「第二章 トヨタ生産方式の展開」に「チーム・ワークこそすべて」という節があります。これは、大野副社長の生産方式にチームワークがどう関係しているかという所感ですが、その一文を紹介します。

(スポーツの例示後)私どもの作業も、実際にチームを組んで行っている。一つの仕事を完成するのに、一〇人あるいは一五にんがそれぞれの役割りをもって、たとえば流れ作業において、一つの品物を素材から完成させていく。そうなると、チーム・ワークがますます重要になってくる。

トヨタ生産方式ー脱規模の経営をめざしてー 大野耐一著

その後、話が野球の試合に及びます。

野球の試合を見ていても、かりに内野の守備範囲に線を引いて、ここはセカンド、ここはサードの責任などと言っていたら、野球の面白みはまるっきりなくなってしまう。これは工場の仕事にも通じる。

トヨタ生産方式ー脱規模の経営をめざしてー 大野耐一著

その後、「バトン・タッチの妙」という節ではこのような一文があります。

お互いの仕事の分野に三十八度線※を引いていかんと言ったものだ。
(※注 朝鮮戦争後の韓国と北朝鮮の軍事境界線)
そのときに、またスポーツの話を出して、三十八度線を引かずに、陸上競技のリレーのように仕事の分野を考えたらどうだろうと言ったものだった。リレーには必ずバトン・タッチの区間がある。上手にバトン・タッチをすると、四人が別々に走った記録を合わせたよりも大分よい記録を出すことができる。
(中略)
仕事でも同じことで、四人なら四人、五人なら五人でやる場合に、品物つまり部品をバトンだと思って手渡しをしなさい。後の工程の人がもたついて遅れた場合には、その人の持ち分と思われる機械の取りはずしをやってやりなさい。そうして、その人が正常の配置に戻ってきたら、すぐバトンを渡して自分のところへ戻りなさい――という具体に、バトン・タッチを上手にやるように、やかましく言ったものである。
(中略)
トヨタ自工のなかではこのチーム・ワークのことを「助け合い運動」と呼んでいる。この「助け合い運動」がより力強いチーム・ワークを生み出す原動力にもなるわけである。

トヨタ生産方式ー脱規模の経営をめざしてー 大野耐一著

これまでの病院の仕事の考え方とは、真逆ではないでしょうか。

宇田川元一先生の「企業変革のジレンマ」という本の中で、「組織は一度環境適応を果たすと、その効率的な実行のために、分業化と仕事のルーティン化を進める」とあります。

その通りで、効率的にルーティンを行うために、特に大きな病院では多くの分野で縦割りになってきました。

国家資格というもので厳密に業務をわけて、その国家資格の中でも、専門性を高めるという名の元、多くの分野に細かく業務が分かれています。

こうすると、教育のコストや、働く人の心理的負担は少ないかもしれません。

でも、より多くの人員が必要となり、部署同士の隔たりは大きくなっていきます。

自分の業務の中の狭い認知の中でしか考えることができなくなり、分断が進むことで自分の仕事が顧客に何を提供しているのかが見えにくくなります。

大野元副社長の考え方は、当たり前のようでいて、医療業界に風穴を開ける考え方です。

病院で働いていると、「どうしてあの部署はちゃんとできないんだろう」「どうして自分たちだけが苦労しているのだろう」という声をよく聞きます。

それはもしかすると、自分の視野が急激に狭まってきており、自分のことしか考えられなくなっているのかもしれません。おそろしく効率が悪くなっているということかもしれません。

それぞれの守備範囲が明確に分かれていて、ここからこちら側は自分、ここからあちら側はお前、と言っている状況は、チームワークとは程遠いのではないでしょうか。

サードとショートの守備範囲を示す線を引いてしまったら。リレーでバトンタッチする区間を使わず、引かれた線でバトンを渡しているとしたら。野球やリレーでそのようなことをやっていると、勝てるものも勝てません。サードとショートの守備範囲は重なっているはずですし、走者と走者が同時に走る区間もあります。

でも、医療や病院では平気で、線を引いているのです。

もちろん、国家資格の範囲というのは法律(ルール)できまっています。それを超えることはできません。

でも、資格の範囲だけが仕事ではありません。自分が持つ資格とだれかの資格の間には、資格がなくてもできる業務はありませんか。

そのような仕事こそ、シェアやシフトしていくことが重要なのではないかと思います。

助け合い、という本来人間が持つ基本的な良心を潰すことなく、病院、医療業界にも活かしていきたいと思います。

医療の質のカイゼンにおいても、これから先、そのような能力や特性、いや心がけは重要となってくるはずです。

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