『落研ファイブっ』(1‐2)「崖っぷちの男たち」
〔シ〕『ステテコシャンシャン! ステテコステテコ! ステテコシャン!』
〔餌〕『こりゃひもかわうどんみたいなそばだねえ。ちくわも薄削りで、まるで天女の羽衣だ。そばつゆはココナツミルク割りか。何と言うかオツだね』
明治時代にバカ受けした伝説の宴会芸――ステテコ踊り――を披露するシャモの隣で、餌は笹を食べるパンダのごとくマイペースで『時そばジャカルタ編』を語り続ける。
〔餌〕『オヤジさんも一緒に金を数えておくれよ。行くよ。一、二、三、』
餌の時そばジャカルタ編とシャモのステテコ踊りは、不協和音の二重奏状態のまま続く。
〔仏〕「無反応が一番キッツいんだよな。どうすんだコレ」
ゼロのゼロはゼロ。一切はゼロである。
笑いどころか、咳の一つすら起こらない。
ゼロのゼロはゼロ。一切はゼロである。
笑いどころか、咳の一つすら起こらない。
※※※
〔仏〕「無反応が一番キッツいんだよな。どうすんだコレ」
ビニール袋片手に体育館を後にした三元を見送りつつ、仏像は冷えっ冷えの体育館をステージ袖から見渡す。
『残り四十秒』
放送部のアナウンスと共感性羞恥に急き立てられた仏像は、たまらず舞台に飛び出した。
〔仏〕「えーっと。こんにちは落語研究会です。拘束時間は週三回一時間ずつ。落語のDVDが流れる中で宿題やってるか寝てるか、ゲームしてるかSNSやってるか。そんな感じの超ゆるい部で人気です。大会も休日練習も朝練も夜練もありません。上下関係もありません。入部希望者はパンフのQRコードからプロフを送ってください。部員のほとんどは至って普通ですよろしくお願いしますっ!」
一息で言い切った仏像が、他校の女子を一瞬で落とす伝説の女子地引網スマイルを振りまくと――。
〔餌〕『お後がよろしいようで。サンパイ ジュンパ ラギ(ではまたね)!』
〔放〕『十分経過しました。それでは続きまして、サッカー部の――』
やり切った顔で餌が頭を下げるのと同時に放送部から打ち切りのお達しが伝わり、四人は舞台袖に控えるサッカー部員から生ごみを見るような目で迎え入れられた。
〈視聴覚室へ〉
〔シ〕「宗像先生が戻って来たら何て説明すりゃ良いんだ。こんなのじゃ新入生一人も来ねえよ。今年の部活動紹介完全に大事故だろこれ」
〔仏〕「そう言えば宗像って、ぎっくり腰の割には復帰遅いよな。シャモ、何か聞いてるか」
一並高校の中で最もゆるい部活として人気の落語研究会の顧問である宗像昌華は、定年を来春に控えた古典教師だ。
〔シ〕「何にも。宗像先生の教職人生最後の年に一人も新入生が来ないのは流石に不味い」
宗像コレクションの中から落語入門用のDVDを引っ張り出すと、シャモは再び深いため息をついた。
※※※
〔三〕「何とか厠(トイレ)に間に合った」
〔シ〕「そりゃ良かった。それはそうと、新入生に見せるDVDはこれでいいだろ」
生気の無い顔で視聴覚室に戻ってきた三元に、シャモが声を掛けた。
〔三〕「ああ。それで良い。今年はどれだけ申し込みがあるかな」
〔シ〕「申し込みがあると思うのか、あの大惨事で」
〔三〕「言うほどひどかねえや」
三元の言葉に、餌がパンダのような目を輝かせた。
〔餌〕「そうですよね。僕の『時そば』は会心の出来でしたし。三元さんににぎわい座に連れて行って頂いたおかげです。ありがとうございます。僕はやりきりました。悔いはありません」
〔シ〕「お前がいきなりジャカルタネタをぶっこむから、段取りが全部ぐちゃぐちゃになったっての。何でそんなに前向きなんだよ」
〔餌〕「だっていつも前だけ向いてニコニコ笑っていれば、最後には勝つって父さんが」
〔シ〕「鳥の餌のロット間違えて、ジャカルタのマフィアに襲撃されたオヤジだろ。どこが上手くいってんだよ。その上お前の母ちゃんとはそのせいで離婚だ。踏んだり蹴ったりじゃないか」
〔餌〕「まだ父さんの人生は終わってないから大丈夫なんです」
〔シ〕「どんな教育受けたらそんな感受性が育つんだよ」
シャモはそれきり黙ってDVDを見た。
〔仏〕「応募来たまじかよ。えっ、ナニコレ」
DVDで流れる『粗忽の釘』が終盤に差し掛かったところで、数学の宿題をこなしていた仏像があっと声をあげて応募者のプロフを開いた。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
※2 読みやすさ優先のため、第一話として投稿していた内容を上・中・下に分けて掲載し直しました(2023/7/29)
※ 改題(2023/8/28)および一部再構成(2023/11/20・11・30)