見出し画像

『落研ファイブっ』第一ピリオド(25)「腹を割って話そう」

〈三〇二号室〉

〔餌〕「来ちゃった♡」
 ドアチェーンを掛けたまま小さくドアを開いた仏像はそのまま締めた。

〔餌〕「痛っ。まさか本当にそれやる」
 ドアの隙間に差し入れた足を思いっきり挟まれて、えさは恨めしそうに仏像を見上げる。 

〔仏〕「その小きたねえ右足を引け。俺は眠てたんだ」
〔餌〕「僕は寝てませーん」
〔仏〕「お前の事情は聞いてねえ。寝させろ。明日の起床は六時きっかりだぞ。早い。早すぎる」
〔餌〕「大丈夫だって。二時間も寝れば十分でしょ」
 餌は人の都合などお構いなしである。
〔餌〕「あんまりごねると、粟島あわしま監督来ちゃうよ」
 ささやくように告げられた一言で、仏像はしぶしぶドアチェーンを外した。

〔仏〕「で、用事が済んだらさっさと帰れ。俺は眠い」
〔餌〕「僕はこの部屋で寝るから。シャモさんのいびきが凄すぎて寝れない」
〔仏〕「それを先に言えよ。じゃ、お休み」
 餌に構わずベッドにもぐりこんだ仏像の背後に、パンダのぬいぐるみよろしくえさがもぐりこんできた。

〔仏〕「そっちのベッドに寝ろって言ってんだよ。蹴り出すぞ」
〔餌〕「ヒドイっ。松田君は良いのに僕はダメなのーっ。おかしいよそんなのひいきだよっ」
〔仏〕「お前はダメ。理屈じゃねえ」

〔餌〕「けちっ。このパンダそっくりのふわふわあざと可愛い伴太郎はんたろう君のどこがお気に召さないと」
〔仏〕「全部だ全部。ふざけやがって」
 仏像は夏掛け布団を引っぺがすと、餌を床に転がした。

〔餌〕「ねえねえ仏像。本当に真面目な話があるの。本当に」
〔仏〕「何だよかしこまって」
 仏像はフットライトに浮かぶえさの真剣な顔を見た。


※※※

〔仏〕「どうしたいって聞かれても、俺にも分からねえんだ。悔しいが青柳あおやぎの言う通り、俺は究極の草食系なのかもしれん。唯々諾々いいだくだくと状況に流されて、どこともしれぬ所へ流れつくタイプの人間なのかもな」

 珍しく真剣な顔の餌に今後の落研をどうしたいのかとたずねられた仏像は、返事にきゅうした。

〔餌〕「そんな人間がスノボで天下取れる訳ないって」
〔仏〕「俺に自分を貫く力があったら、松尾みたいに雑音を振り切って前に進んで行けただろうよ」
〔餌〕「それって本心?」
 餌はしばらく答えを待ったが、仏像は無言を貫いた。

〔餌〕「服部君の思い通りに事が進むなら、僕らが三年になった時には『落語研究会』は名実ともに消滅する。唯一の新入生の松田君は海外留学するだろうし、僕も仏像も後輩に落語を教える力なんてとてもない」
 餌はそう言うと体を起こした。


〔餌〕「服部君の希望が通るなら、体育会系部活になるよ。もちろん外部から監督を呼ぶし。そこで頑張るぐらいなら、もう一度スノボで」

〔仏〕「俺は大人の体になったんだ。もうあの頃みたいに飛べねえのは俺が誰よりわかってる。ブランクは二年近いし、身長だって完全に不利だ。かつてのジュニアトップ層が高身長になって消えていったケースを嫌って程見てきた」
 仏像は餌に背中を向けた。


〔餌〕「仏像の言い分は理解した。だったらもう一つ考えなきゃならないことがある。仏像は服部君に、もし服部君のやりたいようにするなら、完全に落研と草サッカー同好会を切り離せって言ったんだよね」

〔餌〕「松田君がいなくなった落研をだれが引き継ぐの。落研を存続させるなら、落語部門に一年生を中途加入させなけりゃ」
〔仏〕「飛島とびしま君は」

〔餌〕「松田君がいないんじゃ。それにもし来てくれたとしても、元々演芸系の知識のないあの子一人で、二年以降の活動を背負わせるのはかわいそうだよ」

〔仏〕「餌は『落研』としての活動を存続させたいと思っているのか」
 仏像の問いに、えさは何の迷いもなくそうだと告げた。

〔餌〕「例え一並ひとなみ高校で一番楽な部活だったから所属したって幽霊部員が多かったにせよ、例え顧問の宗像先生が『あんなこと』になったのだとしても、一並ひとなみ高校落語研究会って存在はあってしかるべきものだと思う」

〔仏〕「三元さんげんやシャモのためにか」
〔餌〕「いや、違う」
 餌の口調は真剣そのものだった。
 
〔餌〕「『愛』『楽』『自由』こそ、人の、そして社会の根っこだ。社会を担う大人を育てる学校にこそ、『愛』『楽』『自由』を表現できる場所がいる。この三つを奪われれば、人は、社会は『死んで』しまう」
 仏像は布団の中で目を大きく見開いた。


〔餌〕「好きなネタを自由にやって、時代遅れのステテコ踊りを披露して、息を切らせながらへんてこな玉すだれをやっても許されるような、そんな一見何の役にも立たない部活があるのは、人が人であるためにとっても大切な事なんだ」

 それきり、普段はおしゃべりでふざけるのが大好きな餌が緘黙かんもくした。
 秋を告げる虫の音が、フットライトに浮かび上がる二人を包む。


〔仏〕「今年の文化祭は落語だけじゃなくて、寄席よせみたいに色物(※)も出したい。紙切りなら笑いを取らなくても務まるし、七組(海外進学クラス)の生徒あたりには需要もあるだろ」
 黙って聞いていた仏像が、探るように言葉を発する。

〔餌〕「色物部門として、ペン回し名人『ロトエイト』としての麺棒(めんぼう)君を呼び戻せるかな。今年限りだけど、松田君のHBBヒューマン・ビート・ボックスもあるし」

〔仏〕「文化祭が好評なら、一並(ひとなみ)中学の奴らが何人かは興味を持ってくれるだろうし。そうしたら来年の新入生勧誘にもつながるんじゃないか」
 二人の声が、ぐんぐん明るさを帯びていく。


〔仏〕「落研の部活動指導員になってくれそうな人への伝手つて三元さんげんが持っているだろ」
〔餌〕「多分ね。多良橋たらはし先生に話してから、シャモさんと三元さんげんさんにも話を通そうと思う」

〔仏〕「今ざっくり連絡入れるわ。そうじゃないと服部のペースで話がつきかねん」
 仏像は早速スマホを手にした。

※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

※色物 寄席よせで披露される芸のうち、落語および講談こうだん以外を指す(漫才・マジックショー・紙切り・太神楽だいかぐらなど)。




この記事がちょっとでも気になった方はぜひ♡いいねボタンを押してください!noteアカウントをお持ちでなくても押せます。
いつも応援ありがとうございます。
 


よろしければサポートをお願いいたします。主に取材費用として大切に使わせていただきます!