
『落研ファイブっ』(12-2)「昭和レトロな夜にして」
〈にぎわい座にて 仲入り(休憩)中〉
まるで高度成長時代の記録映像のような歌唱院新香師匠の声帯模写と上方の師匠の上方落語に続くのは、松脂庵うち身師匠のウクレレ漫談である。
〔三〕「小柳屋御米師匠が出るってのに、三人とも来ない」
〔シ〕「気が付いてないんじゃ」
〔三〕「餌はオンライン講座があるから行けないって返信があったんだけど、仏像と松田君が既読すらつかねえ」
ロビーでぼやく三元をなだめながらも、あの二人を三元時間に巻き込むのは絶対に避けようとシャモは堅く心に誓っている。
〔シ〕「うちの母ちゃんが竜田川姉妹とねんごろになって来いって言いやがったんだけどどうよ」
〔三〕「二人とも未亡人だから問題はないんじゃねえの」
〔シ〕「いやねんごろってそういう意味じゃねえだろ」
シャモは吹き出しそうになるのを何とかこらえた。
〔シ〕「どうも母ちゃん、『みのちゃんねる』と竜田川姉妹をコラボさせて一稼ぎを目論んでるみたいなんだけど。どう言う扱いで出せばいいんだか」
〔三〕「どうもこうも、一曲唄ってもらってちょっと対談でもすれば。逆にそれ以外何をするの」
そう簡単に言うけどさとシャモがぶつくさつぶやいていると、仲入り後の公演開始を告げるアナウンスが流れた。
うち身師匠が相も変らぬ偉大なるマンネリ芸で、お客さんの脳みそをスローアルファ波に調律して舞台を去ると、舞台は暗転。
どこかで聞いた事のあるテルミンのような音の前奏が四小節分流れると、スポットライトに浮かび上がる二人の老婆がマイクスタンドを杖代わりにして踊り始めた。
〔シ〕「老人虐待だろこれ。見るに耐えん」
〔三〕「芸の道に入って長生きするってのはこういう事なのよ」
真ん中辺りの特等席に座っていたシャモと三元は、元はボディコンシャスだったよれよれの衣装に身を包み前かがみで歌う二人の『中身』を見せつけられている。
〔シ〕「モノホンですらこの芸風から脱して半世紀が経つぞ」
〔三〕「半世紀以降どころか、モノホンはとうの昔に妖精に戻ったわ」
〔シ〕「妖精って何だよ」
〔三〕「常滑の妖精だよ。何で知らねえんだよ」
〔シ〕「分かるかっ!」
※※※
『みのちゃんねる』の真のアカウント主である母親に、シャモが逆らえるはずは無い。
老婆二人の生計を立てさせる為だけに一曲歌わせたレベルの『歌謡ショー』を見終えると、シャモは楽屋に竜田川姉妹をたずねた。
〔う〕「美濃屋の若旦那がお嬢さん達に岡惚れして押しかけてきやがった」
のんびりと茶をすすりながら、うち身師匠がシャモをからかう。
〔千〕「アタシかい、それとも神代かい。初会は顔見世だけってのは分かってんだろうね」
〔神〕「千早姐さんとアタシの両方を手玉に取ろうなんてせこい料簡はお持ちでないよ」
持つ訳無いだろと心の中で突っ込みを入れながら、シャモは二人の老婆に頭を下げる。
〔シ〕「お初にお目にかかります。私、神奈川新香町の【和装とおしゃれ小物 新香町美濃屋】の四代目、岐部漢太と申します」
〔千〕「あら、美濃屋さんと言えば新香師匠の馴染みじゃないかい」
シャネルのNo.5を体中に振りかけながら、竜田川千早が応じた。
〔神〕「うちの師匠が元気だった頃は、美濃屋さんで絽の着物を何枚か仕立てたものだよねえ、千早姐さん」
〔千〕「馬鹿をお言いでないよ。新香町の美濃屋さんではなくて鈴ヶ森の美濃屋さんだよ。もう、年寄りはこれだから嫌になる」
〔神〕「アタシが年寄りなら、千早姐さんは八百比丘尼だよ」
〔千〕「そりゃ良いや。絶世の美女って事だろ」
マイクロミニのワンピースがやせ細った体から完全に浮いているのにも構わず、千早はくねくねよたよたと壁に手をつきながら踊って見せた。
〔う〕「若い男にそりゃ刺激が強すぎるよ」
牛の筋肉のような尻に申し訳程度にまとわれたショッキングピンクのTバックを目の当たりにしたシャモは、安易に母親の言いつけに従った己を呪った。
〔う〕「若旦那がお嬢さん方と晩飯としゃれこみたいらしいんだがどうだい。たまには若いのとしっぽり洋食も悪かないだろ」
〔千〕「そりゃ良いね。だけど食事だけだよ。その先を期待すんじゃ無いよ」
誰が期待するかと心の中で思いつつ、日高昆布の袋をうち奮って高笑いする母親の顔が思い浮かんでシャモは母親に心の中で悪態をついた。
※※※
〔千〕「お待たせ」
通用口を出てきた竜田川姉妹の手押し車には、『唐田とは』『水沢くくる』と書かれていた。
〔う〕「知る人ぞ知る洋食屋があるんだよ。新香師匠が予約を三人分で入れといたから、後はしっぽりやんな」
二人は着いてこないのかとぞっとしながら、シャモは完全アウェーに乗り込んだサッカー選手の気分で大通りを歩く。
〔シ〕「三元すら着いて来てくれない」
今頃御米師匠に夢中になっているであろう三元も呪いながら、シャモは大通りを進んだ。
〈隠れ家洋食店にて〉
〔店〕「いらっしゃいませ。新香師匠から話はうかがいました。さ、こちらへ」
〔店〕「こちらは当店のサービスです。おからのテリーヌでございます」
どのような予約内容なのかも知れないまま前菜が運ばれてきて、シャモは思わず財布の中身を確認してこっそりオーナーに声を掛けた。
〔店〕「お代は全部新香師匠が持ちますからご安心を。美濃屋の若旦那はまだ高校生だから、若旦那に酒は出すなと固く念を押されております」
〔シ〕「コース料理でしょうか」
〔店〕「いえいえ、どうぞお好きな物をお選びください」
すっかり安心したシャモは、ビーフカツレツを注文した。
〔神〕「食前酒の一つも頼まないなんて、若旦那も気が利かないね」
〔シ〕「済みません、僕はまだ高校生なんです」
事情をつまびらかに話すと、竜田川姉妹はフューシャピンクの唇を大きく開いて笑う。
〔千〕「こりゃとんだ坊やに岡惚れされたもんだ」
〔神〕「早く大人になってアタシらにどんどん貢ぎな」
バブル時代の記録映像で見たようなスカーフを巻いた神代が、かつての戦利品らしいいかにも高価そうな時計を見せびらかして笑った。
※※※
「なんて臨時休校日だ」
上機嫌でタクシーに乗り込むシェリー酒臭い竜田川姉妹をオーナーと共に見送ると、シャモは手の甲に着けられたキスマークをごしごしとぬぐって日ノ出町駅へと向かった。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
(2023/8/3 改稿 「(12)昭和レトロな夜にして」を読みやすさ優先のため分割・一部改稿したものです 2023/11/6 一部加筆修正)
https://note.com/momochikakeru/n/n00fde9d9668f?magazine_key=m27a901ee5eb5
この記事がちょっとでも気になった方はぜひ♡いいねボタンを押してください!noteアカウントをお持ちでなくても押せます。
いつも応援ありがとうございます!
いいなと思ったら応援しよう!
